2017年7月31日月曜日

『正当な英語』にこだわる日本人の大きな落とし穴



言語教育を考えるとき、そもそも正当な表現や発音は何なのかということに人々はこだわってしまいます。
13億人以上が使用する中国語を例にとれば、最もスタンダードな中国語は北京語であるとされ、人々は北京語のことを「普通話」と呼んでいます。
しかし、長い中国の歴史をみるならば、北京語が標準語になったのはごく最近のことなのです。現在の北京語は、17世紀に満州族が中国に侵攻して打ち立てた清の時代にできあがったといわれています。元々の中国語に満州族の発音などが混ざり、北京語となったという説が有力なのです。

では、本来の中国語のルーツはというと、現在の華中あたりの中国語ではなかったかといわれています。今では、「普通話」以外の中国語は方言とされていますが、実は方言の方が正当な中国語だったというわけです。
日本語では漢字を使いますが、いうまでもなく、これは中国から輸入したものです。そして漢字の音読みの中に中国語の古い発音が残っていることを知っている人はあまり多くないようです。漢詩は中国語の発声の美しさを意識して作詞されているといいますが、現在の北京語では漢詩が頻繁に造られていた唐の時代の発声を再現することはできないのです。むしろ華中の方言や日本語の音読みの中にそのヒントがあるのです。
中国人の多くが方言と言われている地元の発音や発声にこだわっている理由は、本来正当ではない北京語への反発もあるのだと、中国の友人が語ってくれたことを思い出します。
これは日本語でもいえることかもしれません。正当な日本語は東京で話されている言葉かというと、そうではないはずです。元々京都が日本の首都であったわけですから、関西弁の中にそのルーツがあるのかもしれません。
こうしたことを考えると、正当な言語というのは、時の権力や為政者の意図により時代ごとに変化してきたことがわかります。

以上の背景をもとに、英語について考えます。
英語とは、イギリスに起源を持つ言語だといわれていますが、今のイギリスで話されている英語が古来の発音やアクセントをそのまま維持しているかというと、必ずしもそうとはいえないのです。むしろ、イギリスから移民として渡ってきたアメリカ人が受け継ぐ米語の中に、元々の英語の発声の起源をみいだすことができるという専門家も多くいるのです。

正当な言語。それは、現在最も普通に喋られている言葉にすぎません。
さらにいうならば、国家や民族としてのアイデンティティを維持するために、意図的に標準化されていったのが「正当な言語」なのです。
そもそも、世界で喋られる言語としての英語をみた場合、米語であろうが、英語であろうが、それを正当と決めてしまうこと自体に無理があるかもしれません。インド人が強いアクセントの英語を喋るといいますが、インド人からしてみれば、それがごく当たり前の英語というわけです。

そうした視点でこれからの日本の英語教育をみた場合、アクセントや発音にこだわりすぎ、日本人の英語とはなにかいう側面を忘れた場合、そこに大きな落とし穴があることを、ここで強調したいのです。
英語が世界言語である以上、米語のアクセントや発音に合わせ、少しでも似せてゆくことより、日本人のアクセントを世界に流通させる努力も必要なのです。それが日本の国益にもつながることをどれだけの人が意識しているでしょうか。
さらにいうなら、自動翻訳や音声認識に関する技術が世界で共有されつつある現在、そうしたサービスに日本人のアクセントが対応できるようにしてゆく努力を怠ってはいけないのです。英語の発音というビッグデータに、日本人のアクセントをしっかりと組み込んでゆく努力を我々は真剣に考える必要があります。それを怠ると、日本人がコンピュータに向かって喋っても、それが十分に認識されないという不利益につながってしまいます。

日本人は、明治維新以来、欧米に自らを合わせてゆくことに注力してきました。今、英語教育が見直されようとしています。話せて聞けて、コミュニケーションのできる英語を教えるようにという英語教育改革は歓迎されることです。
ただ、そのときに、発音やアクセントにこだわりすぎ、やれ舌の位置だの唇の動かし方だのを完璧にしようとすれば、むしろコミュニケーションそのものの能力開発が後回しになってしまいます。
日本人のアクセントで構わないので、通じて分かり合う英語力を磨く方が、はるかに大切なのです。

正しい発音やアクセントという考え方は、米語を「正当な英語」と意識してはじめて成り立つ概念です。
今、大切なことは、世界に太刀打ちできる日本人を育てることです。「正当な言語」にこだわることではなく、日本人のアクセントがあっても堂々と世界の人々と分かり合える人材を育成することが求められているのです。

それが、ビッグデータでの日本人英語の課題とリスクを考える上でも、忘れてはならないことなのです。

2017年7月4日火曜日

いまだに世界からの人材を育成できない日本企業の課題とは


【ニュース】
Harmony or “Wa” is a basic Japanese value defined as the ability of people to cooperate and work together well.
訳:和の精神は、人と人とがいかに心地よく、ともに過ごし、働くかということを示す、日本の基本的な価値観です。(「日本人の心」より)

【解説】
80年代のニューヨーク。
タイムズスクエアに行けば、そこには日本企業の広告が溢れていました。
そんなタイムズスクエアの雑踏を歩けば、ケチャップ詐欺やワインボトル強盗なるチンピラが、日本人の旅行客を目当てに、キャッシュを頂戴する悪さをしていました。
ケチャップ強盗とは、狙いを定めた人にケチャップをかけて、すみませんと被害者の服を拭いている間に、バッグからお金を頂戴するという連中です。そして、ワインボトル強盗とは、獲物と定めた旅行者にわざとぶつかって、その拍子に持っていたワインの瓶を道に落とし、高級なワインを台無しにされた、弁償しろと言ってキャッシュを奪うワルたちです。
これはニューヨークが治安面での課題が多かった時代のエピソードです。
さらにいえば、ニューヨークのみならず、アメリカ全体がベトナム戦争以降の様々な社会問題、人種問題、そして経済的な地盤沈下に悩んでいました。アメリカの知識人の多くが、アメリカという国家が混乱の中で世界に追いつかれ、追い越されてゆくのではと不安を抱いていました。アメリカの様々な価値観そのものに疑問を抱く人々も多くいました。そんなアメリカに挑戦してきた最大のライバルとして羨望と嫉妬の対象となったのが日本だったのです。

戦後の混乱を克服し、世界でも群を抜いた経済大国になった日本。80年代はまさにそんな日本の絶頂期でした。実際、日本のノウハウを探求しようと多くの人が日本について学んでいました。
マンハッタンの国連ビルの側にジャパン・ソサエティという、日本文化をアメリカに紹介する財団があります。そこでは日本語の講座も開設していますが、当時講座の受講希望者が3,000人を超え、多くの人が予約待ちの状態だったのです。
現在のアメリカでの知日派と呼ばれる人々は、その頃に日本語を学び、日本と交流をもったのです。それは、第二世代の知日派グループとなります。第一世代は、戦後に占領下の日本を訪れたアメリカ軍やその関係者たちでした。第一世代はアメリカと日本との戦争の結果によって、第二世代は経済交流によって育まれたのです。

今、日本語熱も日本への関心も過去のものとなり、逆に日本はグローバル化の波に取り残された、老朽化した経済大国というイメージの方が定着してしまいました。実は、皮肉なことに、そのイメージを最初に抱いたのも、この第二世代の知日派たちだったのです。
それは、日本という異文化社会への好奇心と憧れの後を見舞った失望でした。

当初、日本式のビジネス・マネージメント、そしてコミュニケーション・スタイルは彼らにとって驚きの発見でした。グループでしっかりコンセンサスをとって、「和」 Harmony の精神のもと、それぞれが自らの責任領域の中で忠実にミッションを完遂してゆく日本企業の姿勢は、個人プレーとプレゼンテーションが優先のアメリカ型の常識とは真逆のものだったのです。
しかし、第二世代の人々の多くは、そんな日本型ビジネス文化を直に経験したとき、自らのルーツとのあまりの差異に戸惑ったのです。そして、日本企業の中での自らの立ち位置を見出せないまま、日本社会から離れていったのでした。
これには、日本側にも大きな責任がありました。今でもそうですが、多くの日本企業は、海外からの人材を受け入れたとき、彼らが自らに合わせるよう学習することを求め、彼らの強みをそのまま活用しようとしないのです。
従って、自らを殺し、日本企業に忠実に自分を合わせてゆける人のみが、組織に残り、いわゆる英語が使える「便利屋」として使われてきたのです。
それに失望した人々が日本を去ったのです。まして、バブル経済が崩壊した後の日本には、彼らは魅力を感じなかったはずです。

日本とは異なる文化背景をもつ海外からの人材は、日本企業からみれば確かにマネージしにくいはずです。しかし、日本に合わせるのではなく、彼らの個性と才能をしっかりと活かせる柔軟な組織を造ることができれば、日本企業はさらに世界に根をおろしてゆくことができるはずです。
日本企業に忠実で英語のみを武器としている外国人社員ではなく、世界のダイナミックな経済活動の中で活用できるグローバルな人材をいかに海外から受け入れ育ててゆくか。日本企業にはその見極めと、ノウハウがなかなか培われないのです。

バブルに浮かれた「お金持ち日本人」を目当てにしたケチャップ詐欺とワインボトル強盗。そんなワルのみならず、ビジネス上の動機に押されて真摯に日本を学習しようとした人々までが、日本を離れていった今、知日派の第三世代が世界で枯渇しようとしています。
日本人が、海外の知恵をいかに取り入れ、融合させてゆくかは、中長期的にみれば、そうした日本を知る人を「第三世代」としていかに大切に育ててゆくかという課題に直結しているのです。



2017年6月20日火曜日

「少年少女と酒場?」その背景にある価値観とは



【ニュース】
Dry county is a county in the United States whose government for bids the sale of any kind of alcoholic beverages.
訳:ドライ・カウンティ(禁酒群)とは、アメリカで一切の種類の販売を禁止している政府のある地域のこと(ウィキペディアより)

【解説】
ラスベガスでのことです。
中学一年生の甥が、ホテルに併設されたカジノの椅子に座っていると、係りの人がきて、子供をスロットマシーンの前に座らせてはいけないよと注意を受けました。
当然のことと思い、甥を促し別の場所に移動させました。

「そうだね。アメリカでは子供の世界と大人の世界とを明確に区別するので、注意が必要だよね」
私のアメリカ人の友人がその話をきいてこのようにコメントします。

これを聞いたスペインから来た友人が興味深い発言をしました。
「スペインでは、バーが子供の立ち入りを拒否したことが問題になったケースがあるんだよ」
バーはお酒を飲むところ。つまり大人の空間のはずです。
子供が入るところではないという暗黙の了解があるものと思っていただけに、この事実には驚きました。
「つまりね。子供にはジュースをだせばいいだけのこと。それを、立ち入りを拒むということは民主的ではない。実はこの件、司法の判断も子供の立ち入りを認めるべきということになったんだ」
「うそでしょ」
アメリカ人はびっくりします。
「お酒を飲む場所に子供を連れてくること自体、アメリカでは厳しく弾劾される行動だよ」

アメリカ人とスペイン人のこの対話は、バーに子供をいれるべきかどうかというテーマを超えた文化の違いを語ってくれます。
まず、この会話の向こうには、多くのアメリカ人の心の奥底にあるお酒への「罪」の意識が見え隠れします。1920年代に禁酒法を制定したことのあるアメリカは、伝統的にプロテスタントが人口の過半をしめる国家です。
個人の節制と勤勉こそが信仰の証とするプロテスタントの教義は、酩酊に対する嫌悪を社会に根付かせました。
この嫌悪感とアルコールの弊害から子供を守ろうという人権の問題とが融合したのが、バーやカジノへの子供の立ち入り制限の背景にあるというわけです。

「でも、日本でも子供が盛り場に入ることは非行とみなされるよ」
私がスペイン人の友人にそういうと、
「子供が親の監督下にいればいいわけだよね。だから、親と子供が一緒にバーにはいることは問題ないはず。しかも、日本人は一般的には酔っ払うことに極めて寛容だよ。欧米ではふらふらして街を歩いたり、電車に乗っただけで、自分をコントロールできない危ない人だとみられかねないのに、日本ではそんなことはないよね」
と彼は解説します。
「しかし、何かしっくりと理解できないものがあるな」
アメリカ人の友人はまだ納得できずにいます。
「スペインはカトリックの国なんだ。僕たちは思うんだ。そもそもワインはキリストの血とされてきたじゃない。聖書でもお酒は非難されていないのに、プロテスタントの人たちはどうしてあんなにお酒を目の仇にするのかって」

この議論の向こうに、プロテスタントの道徳律の影響を強く受けたアメリカと、カトリックの影響を未だに色濃く残し、長年スペインの植民地だったメキシコとの対立が見えてきます。
ドナルド・トランプがメキシコからの移民を制限しようとしたことと、中東からの入国を差し止めようとしたことの背景に、この宗教的対立からくる偏見が本当になかったのでしょうか。
安い賃金で働く不法移民がアメリカ経済を破壊し、中東からイスラム教過激派のテロリストがやってくるという表向きの理由だけを鵜呑みにできなかった人は多かったはずです。

アメリカの中には、地方に行けばドライ・カウンティDrycountyと呼ばれる地域が今でも残っています。この地域ではお酒を販売したり買ったりできないのです。
これに対して、お酒を自由に売買できる地域はウエット・カウンティWetcountyと呼ばれています。こうした地域がドナルド・トランプのみならず、アメリカの保守の票田となっているのです。
バーに子供をいれるべきかどうかという道徳上の問題の是非はともかくとして、少なくともプロテスタンティズムを理解することがアメリカの政治や社会を理解する鍵となることだけは間違いないようです。










2017年6月13日火曜日

アメリカとメキシコが対立する本音とは ~ バハ・カリフォルニアでの夕べより~



メキシコからの不法移民や安価な商品の流入に対するトランプ大統領の強硬策が話題になって久しいですが、CNNが面白い特集をアメリカで報道しました。
それは国境警備にあたる国境警備隊border controlの自殺率が高いという報道です。
「それはそうだよね。貧しく、厳しい生活をしている人がやっとの思いで国境までやってくる。なんとか、入国しようと必死になっているところを捕まえて、強制送還するんだろ。精神的にはストレスのある仕事だと思うよ」
先週、アメリカ人の友人とサンディエゴからカリフォルニアコーストを通って、メキシコのティワナTijuanaに陸路入国した後、こんな話をしました。国境はメキシコ側にもフェンスはありますが、アメリカ側にはさらにがっちりした壁が国境に沿って続いています。

「昔似たようのものを見たことがあるよ。そう、90年ごろまであった東西ドイツを隔てた壁、それに今でもあるイスラエルでユダヤ人居住区とパレスチナの人とを隔てた壁。あの二つの壁にそっくりだよ」
国境のフェンスに沿って並走するメキシコ側のハイウエイを走りながら、そんなことを友人に語りました。

翌日、メキシコ人の仕事仲間と夕食をとっていたとき、彼が面白いことを口にしました。
「ねえ、みんなアメリカが、例えばニューヨークやロサンゼルスがアメリカ大陸の文化の中心だと思っているだろう。でもね。その昔はテオキワカンTeotihuacanが中心だったんだよ」
「テオキワカンってメキシコシティの郊外にある古代インディオ(メソアメリカ)文明の遺跡のことだろ」
「そう。実はあそこの遺跡を調べていると、遠くは南米のチリやアメリカのアリゾナ州あたりから交易の商人や巡礼が来ていた証拠がたくさん出てくるんだ。人々はアメリカ大陸のあちこちから、あそこを聖地として崇めてやってきていたのさ」
「でも、今、メキシコはその後やってきたスペイン人に征服され、言葉もスペイン語になってしまった」
「そうだよ。でもね。変じゃない?よくアメリカ人はメキシコに行くと英語が通じなくなるって文句をいうだろ。確かにメキシコシティに行って英語を話してもよく通じないよね。でも、考えてみな、ここはメキシコだよ。僕は逆にアメリカに行ったら英語しか通じないし、スペイン語が役に立たない。困ってしまうよって言いたいよ。彼らは常にアメリカを中心に見てものを言っている。我々は、そんな彼らと違って、我々こそ、アメリカ文明の中心だというテオキワカンの発想が必要だってわけさ」

メキシコに行くと、征服民族であるスペイン人が拓いたスペイン風の街並みが美しいので、時間があればよくそんなオールドタウンを訪れます。
そこには、必ず荘厳なカトリックの大聖堂cathedralがあります。いかに彼らが中南米を植民地化し、そこの富を収奪するために布教に力をいれていたかがわかります。そう、メキシコはカトリックの国なのです。
そして、アメリカはプロテスタントが先に入植し、開拓して国家の礎を作りました。宗教戦争以来、様々な形で反目していた、キリスト教の二つの宗派が、新大陸でも南北でにらみ合っていたことになります。

ですから、アメリカ合衆国では当初同じ白人系でもカトリック系のアイルランド人やイタリア人の移民は差別の対象となっていました。アメリカの南、メキシコ人への偏見の原点はこの宗派の対立とは無縁ではないようです。

「そうだよね。宗教改革がヨーロッパで起こって、それまで特権を享受していたカトリック教会はそれができなくなる。財政的にも、権威の上でも新しい領土が必要になった彼らは、中南米にやってきた。そして、そんなカトリック教会と対立し、時には迫害を受けていたプロテスタントの人々や、ユダヤ系の人々が北米にやってきて、新天地で生活をはじめた。今でもその意識の対立が無意識の偏見や敵愾心の原点というわけか」
「ドナルド・トランプは、ビジネスマン。そしてプロテスタントの一派である長老派Presbyterianの家族の出身だったね。子供の頃から北アメリカの移民の本流だったわけだよ。プロテスタントは教会の権威を否定し、自分と神とを直接つなげようという運動だったから、カトリックのように荘厳な聖堂を必要としなかった。むしろ、その分、コツコツと勤勉に働くことで、蓄財をすることを良しとしていた。だから、アメリカは経済的に発展できたということか」
「そんな、アメリカに旧教の色濃いメキシコからの人が、しかも貧困者が入ってくることが、感情的に嫌なのだが、その本音は言い難い。だから、不法移民と安い商品という言葉にすり替えて、この21世紀の万里の長城を作ったというわけさ」

メキシコの太平洋沿岸はバハ・カリフォルニアといい、訳せば「下(しも)カリフォルニア」ということになります。ここには、美味しいワイナリーも多く、アメリカから休暇を楽しむ人もやって来ます。そんなワインと料理に舌鼓を打ちながら、トランプの政策をメキシコ人と批判するのは、今ではごく一般の話題となっているのです。

2017年5月23日火曜日

移民パワーを知らずしてアメリカは語れない イランの大統領選挙を注目する理由は?



【海外ニュース】
Rouhani on pace to win re-electionin Iran.

訳:イランでロハニー氏が順調に再選される
(New York Timesより)

【ニュース解説】
アメリカの世界戦略を理解することは、英語を学ぶ人にとって、海外の人との話題についてゆく上でも大切なことです。
今回はイランでの大統領選挙のニュースを例にとって、解説をしてみましょう。
そもそも、なぜイランの選挙がアメリカの外交戦略に関係するのかと思う人も多いかもしれません。その答えは、アメリカという国の成り立ちを振り返ればわかってきます。

アメリカの外交を考えるとき参考にしたいのが、アメリカが移民国家であるという実情なのです。
今まで世界で騒乱がおきると、そうした地域からアメリカに移民が流入してきました。例えば、1959年にキューバで共産革命がおきると、それを嫌った人々が大量にアメリカに流れ込みました。ベトナム戦争が終結し、当時の北ベトナムが南ベトナムを占領すると、多くの人がアメリカで新たな生活にチャレンジしました。
そして、1979年にイランで革命がおきたときも、同様に大量の人々がアメリカに移住したのです。

彼らに共通していることは、革命で倒された政権が元々アメリカの支援を受けていたことでした。イランの場合、革命以前はパーレビ国王が統治する王国で、アメリカはソ連への防波堤として軍事的にも経済的にも国王を支援していたのです。そうした中で、アメリカの影響を嫌い、イスラム教の伝統に基づく国家建設をスローガンに、民衆が蜂起したのがイラン革命でした。

キューバにしろ、当時の北ベトナムにしろ、そしてイランにしろ、政変の後アメリカはそうした国々と国交を断絶し、経済的な制裁を加えてきました。
アメリカに移民してきた人々は、政変で祖国を追い出された人々なので、アメリカの動きに同調します。彼らはアメリカで市民権を獲得し、有権者としてアメリカの政治にも影響を与えるようになってゆきます。
アメリカが複雑な外交戦略を遂行するとき、そうした移民の有権者、そして、元々は移民であった専門家の影響が常に介在しています。
今、西海岸などを中心に47万人以上のイラン系アメリカ人が住んでいます。彼らの多くは、現在のイラン・イスラム共和国を否定し、自らのことをイランの伝統的な国名であるペルシアの人 Persian であると主張します。

そして今回イランで大統領選挙があり、現職のロハニー氏 Hassan Rowhani が大差で再選されました。イランを逃れ、アメリカに移民してきた人は、ロハニー氏の再選をイランの国際化の証として歓迎しているはずです。もっとも、イランの場合は、大統領といえども、宗教的な最高指導者であるハメネイ師 Ali Khamenei の権限を超えることはできません。しかし、ロハニー大統領が保守派の候補者を抑えて大差で再選されたことは、今までのイスラム至上主義政策にも、少なからぬ影響がでてくるはずです。

ところで、この穏健派で西欧諸国と融和政策を進めてきた大統領がイランで再選されているまさにその時、アメリカのドナルド・トランプ大統領はイランの隣国サウジアラビアを訪問していたことも忘れてはなりません。
トランプ大統領が、イスラム諸国からの入国制限を強行しようしたことはまだ記憶に新しいはずです。その中には、イラン国民も含まれていました。オバマ前大統領のときに、両国は関係改善の道を模索していただけに、この決定は世界に大きな衝撃を与えました。
ところが、今回サウジアラビアでトランプ大統領は、過去のイスラム教への敵意を露わにしたかのような発言を大きく変更しました。イスラム教とイスラム過激派とをはっきり分けて、イスラム社会にも敬意を表し、サウジアラビアや湾岸諸国との友好関係も強調したのです。
大統領に就任し、複雑な国際関係のあらましを知るに従って、トランプ大統領の従来の強硬姿勢にブレーキがかかりつつあります。
アメリカのイラン系の移民、さらには300万人以上といわれるイスラム教系のアメリカ人の存在を、トランプ大統領は意識したのかもしれません。

ロハニー大統領は、今後さらにイランと西欧諸国との関係正常化を模索してくるはずです。ちなみに、トランプ大統領が訪問したサウジアラビアは、イスラム教の中でもスンニ派が主流となっている国家です。それに対してイラン人の大多数はシーア派です。この二つの国家は、常にイスラム圏では対立項におかれていたのです。一筋縄ではいかないのが外交戦略というわけです。

最後に、オランダやフランスの大統領選挙でポピュリズムに乗った右傾化に待ったがかかったことと、今回のイランでのロハニー大統領の再選劇には共通した世論の動きが見られることも強調しておきましょう。それは右傾化し世界から孤立してゆくことに対する警戒感です。
右傾化にストップがかかることは、特に祖国との絆の深いアメリカの移民一世にとってはありがたいことのはずです。
そして今、トランプ大統領は支持率の低下に悩んでいます。複雑な政治経済環境の中で、なかなか公約が実施できないことと、彼自身にかけられたロシアとの癒着などの嫌疑への国民の戸惑いが支持率低下の背景にあるのです。

再選されたロハニー大統領が、アメリカに亡命した人々も視野にいれながら、トランプ大統領にどんなボールを投げてくるか。今後の動向が気になるところです。








2017年5月16日火曜日

英語の未来を考えよう。これからも英語は世界の言語として君臨するのか・・・?



最近、世界の動きが読みにくくなっています。
特にヨーロッパの政情は混沌としています。イギリスのEUからの離脱という激震の後、オランダやフランスの選挙では、右傾化の流れをなんとか食い止めることができましたが、今後EUが今まで通り安定した体制を維持できるかは不透明です。EUはかじ取り役としてのドイツとフランスの連携がさらに求められるようになるはずです。

一方、一時は世界のGDPの半分を生み出していたアメリカの影響力が、21世紀になって陰り始めてきたことも考えなければなりません。アメリカは以前のように世界の警察官としての強いリーダーシップをとれなくなっています。20世紀の混乱を克服した中国の伸長が著しく、アメリカに次ぐ経済力によって存在感を誇示していることもその理由の一つです。そして、ロシアがソ連崩壊後25年を経て、再び強国として台頭してきたことも忘れてはなりません。

こうしたイギリスやアメリカという英語を母国語とする強国の立ち位置の変化をみるとき、今後も英語が世界の言語としての地位を維持できるのだろうかという疑問を抱く人もいるかもしれません。世界の人々の共通言語として、いつまで英語は機能できるのでしょうか。

英語が世界を席巻した理由は3つあります。
最初の理由としては、19世紀に世界の工場として産業革命をリードし、各地域で植民地を経営していたイギリスの影響があげられます。イギリスは、英語が世界中に流布する土台をつくったのです。
次に、アメリカの存在です。20世紀、アメリカは世界最大の経済大国、そして軍事大国として君臨しました。ヨーロッパが古い政治体制からの脱皮にもがき、二つの世界大戦で致命的な打撃を受けていたとき、アメリカは広大な土地と移民の活力で成長し、戦争に明け暮れる旧世界に対して世界最大の債権国となったのです。このことが、ビジネス上の共通言語としての英語の地位を盤石にしたことはいうまでもありません。

であれば、イギリスに次いでアメリカの地位までもが相対的に陰りつつある状況が、世界言語としての英語の地位に影響を与えるのではいう懸念も生まれます。

しかし、ここで3つ目の理由に注目する必要があります。それは、英語が、ヨーロッパ系の多数の言語の終着点に位置しているということです。それがゆえに、英語は今後も世界の共通語として進化するのではと思われるのです。

詳しく語ってみます。
英語はもともと中部、そして北部ヨーロッパで活動していたゲルマン系の人々の言語にそのルーツがあります。ローマ時代の後期、ゲルマン人がヨーロッパ全土に移動したとき、イギリスにもアングル人、ジュート人、サクソン人といったゲルマン系の人々が住み着きました。5世紀頃のことです。彼らの言語が古英語と呼ばれ、いわば現在の英語のプラットフォームの役割を担ったのです。古代の英語のプラットフォームに、当時の文明国であるローマからラテン語の語彙が取り込まれます。そして、その後ノルマン人がフランスからイギリスに侵入すると、中世フランス語がさらに取り込まれてゆくのです。

実は11世紀には、イギリスでは上流階級の人々はフランス語を公用語としていました。それが、イギリスがフランスから自立し、独立国家として成長するにしたがって、英語がフランス語にとって変わるようになったのです。したがって、古くからの英語のプラットフォームには、ドイツ語などのゲルマン系の言語のみならず、ラテン語やフランス語の語彙も数多く取り入れられたのです。
つまり、英語はその成り立ちからして国際的な言語だったというわけです。
そして、ヨーロッパ各地の言語が流入し成熟した英語は、もともと他の言語よりも比較的シンプルな文法体系を持つ言語として成長したのです。
この3番目の理由こそが、英語が国際語として世界に受け入れられてきた隠れた原因なのです。

中国は、古代に東アジアを中国語という言語によって席巻しました。そして現在13億人以上の人々が中国語を話しています。それに対して、英語を母国語とする人は5億人前後なのです。
それでも、中国人が海外でコミュニケーションをするときには英語を使います。そしてそのことに中国人自身が違和感を感じていません。英語はイギリスやアメリカという国籍を超えて、世界の人が違和感なく使用できる唯一の言語となったのです。それは、19世紀から20世紀にイギリスとアメリカによって英語が世界に拡散したことに加え、英語が多国語を取り入れて造られたシンプルで柔軟な言語だったからなのです。

最後に、今後イギリスやアメリカのような、軍事力だけではなく、経済力と指導力を駆使して世界でリーダーシップをとってゆく国家は当分現れそうにないことも特筆します。英語は、世界が二つの世界大戦の教訓から、ナショナリズムと言語や文化を融合させ他国へ強要することを、世界の多くの人々が忌避するようになる前に、世界言語としての地位を確立したのです。
ですから、例えば今になって中国が覇権を唱え、中国語を拡散しようとしても、世界はそれを単なる大国のエゴとしか捉えないはずです。もちろん、フランス語やドイツ語が英語に変わることはありえないでしょう。

ただ、今後、英語はそれぞれの地域や文化の中で新しいスラングや表現を生み出し、多様に変化してゆくことは考えられます。22世紀の共通語はおそらく英語でしょうが、表現方法にはいろいろな変化がみられるかもしれません。

言語は常に進化します。しかし、その根幹としての英語のプラットフォームは今後も世界に共有されてゆくのではないでしょうか。



2017年5月9日火曜日

I feel very very happy

I feel very very happy for France of course but also Europe. Today, is the fight between pro-Europeans and anti-Europeans.