2019年7月29日月曜日

『キリスト教を卒業したアメリカ人』が創る未来とは



【ニュース】
The road to success is not easy to navigate, but with hard work, drive, and passion, it's possible to achieve the American dream.

訳:成功への航路は困難がつきもの。しかし、賢明に働き、仕事をマネージし、情熱を持っていれば、アメリカンドリームを達成することはできるはずだ。
Tommy Hilfiger(アメリカの起業家)の言葉より

【解説】
アメリカに出張しています。
こちらに来て飛行機の窓から下をみると、いつも広大な大地に走る高速道路や貯水池、そしてその脇にブドウの房のように人工的に広がる住宅地などが目にとまります。
特に西海岸は開拓されて200年も経っていません。すでに3億2千万人を超える人口を有するアメリカは、これからも移民政策が大幅に変わらない限り、先進国の中でも人口が増え続け、その人口比に比例して経済も堅調であるといわれています。

確かにアメリカには広大な大地が残っています。その多くは地価もまだ安く、開拓されて以来さほど人口も増えていません。アメリカ市民の出生率は1.8人ということなので、それだけだと人口は減少傾向にあるはずです。こうした地方都市が全米に拡散しているのも現状です。そんなアメリカの人口増加を牽引しているのがいうまでもなく移民パワーなのです。移民のパワーによって、アメリカの人口は驚異的に成長したといっても過言ではありません。
なんとアメリカの人口が2億人を超えたのは1967年から68年にかけてのことです。そして、2000年の段階では2億8千万人強だったのです。この19年ですら4千万人以上の人口増加があったことになるわけです。ということは、この多くが新生児ではなく、移民だったということになります。




広大な土地が残り、人口が増え続けているとなれば、当然産業が育成され消費も伸び続けます。貧富や地域での経済格差が広がっているとはいうものの、IMFの統計によれば、GDPを総人口で割った一人当たりのGDPではアメリカは世界10位を維持していて、世界28位の日本とも大きく水をあけています。このことを世界で最も人口の多い中国と比較してみると、さらに面白いことがわかります。
中国は世界2位の経済大国であるといわれますが、一人あたりのGDPは日本の半分以下で世界でも73位に甘んじています。まだまだ豊かではないのです。
しかも、中国の場合最近まで実施してきた一人っ子政策の影響に加え、富裕層が増えたことで出生率が極度に低下し、これから貧しい人々が膨大な老齢者を支えなければならなくなります。これは日本や韓国に対しても指摘されている未来の課題以上に重大な問題かもしれません。
さらにインドのように、経済成長がまだまだゆっくりしているにも関わらず、人口が極度に増え続けている国も多くあります。
それに反して、人口増加が低い国は、日本のように移民への門戸が狭く、膨大な人口増加に苦しむ第三世界の人々への受け入れ口にはなりにくいのです。

トランプ政権によって、大きく移民政策にメスがはいっているとはいえ、アメリカはそうした苦しむ国々からの移民の受け入れ口であることには変わりないのです。
こうした根拠から、アメリカはいまだに極めて高い将来性を維持した国家であるということがわかってきます。
飛行機の窓の下に広がる光景は、人が自然を変え、征服してゆくことを国是としてきたアメリカの姿に他なりません。であればこそ、経済成長が続くアメリカの課題は、むしろ自然との共存をいかに進め、移民による多様な社会をいかに前向きに育ててゆくかという課題に集約されるのです。

ここで、「キリスト教を卒業したアメリカ人」というテーマに触れましょう。
歴史的にみると、アメリカはヨーロッパでの迫害を逃れて海を渡ってきたプロテスタント系の人々が中心となって開拓した国家です。
そこに、カトリック系や様々なキリスト教の分派に属する人々、さらにはユダヤ系の人々がヨーロッパから流れてきました。
彼らは自らの宗教にこだわり、そのライフスタイルをしっかりと守っていた人々でした。
しかし、科学が進歩し、産業が発達すると状況が一変します。特に60年代から全ての人種や移民に平等の政治的権利を付与する公民権法が施行されて以来、宗教観により市民同士の軋轢がどんどん減少してきたのです。この世代以降、教会に通わない元キリスト教徒や元ユダヤ教徒といっても過言ではない人々が増えてきたのです。
私の友人も親は熱心なプロテスタントだったものの、自分は一切宗教とは関わりがないという人がほとんどです。彼らこそが、シリコンバレーなど都市部の先端産業を担う人々の中核なのです。多様性が拡大すればするほど、この「キリスト教を卒業したアメリカ人」が増えてきます。
トランプ政権の支持層は、こうした新しい社会に対して危機感を抱く伝統的保守層に属する人々であるといっても差し支えないのです。彼らはいまだにアメリカ市民の中核であるといっても過言ではないのですが。
とはいえ今後、「キリスト教を卒業したアメリカ人」がどのように増加し、世界の多様な価値観と融合してゆくのか、それともいわゆる伝統的保守層の揺り戻しによって、社会全体が閉塞してゆくのかは、未知数です。しかし、少なくとも30年というスパンでみるならば、伝統的保守層との人口比率も大きく変化してくるはずです。すでに、いわゆる白人系の人口を非白人系の人口が上回ろうとしている事実も忘れてはなりません。

では、そんなアメリカのリスクはどこにあるのでしょうか。
それは、変化を受け入れ、それを積極的な価値観としてきたアメリカ人の行動パターンそのものにあるといえます。
よくアメリカ人を「反省をしない未来志向病」にかかっていると批判する人がいます。
移民や開拓者の精神に支えられたアメリカでは、状況をどんどん変化させ、新しくしてゆくことへの躊躇が日本などに比べ実に少ないのです。
これはアメリカの強みでもあります。しかし、その強みというコインの裏側に、彼らのアキレス腱が潜んでいることも忘れてはなりません。
そんな世界に対して躊躇なく自らの価値観をもってチャレンジしようとするアメリカが躓いた典型的な例が、ベトナム戦争やリーマンショックだったのです。
技術革新に余念のない新しいアメリカ世代が生み出す社会が余りにもAIに頼り、利便性やデータ管理に依存しすぎた場合、それは未来の人類そのもののあり方にも大きな影響を与えてしまいます。自然との共存の課題もしかりです。
人類の力でなんでも可能になると思うアメリカ人のたくましい意識が裏目にでないよう、国家レベル、さらには世界レベルで見つめてゆくことが人類全体にとって大切なことになっているほど、これからもアメリカは成長を続けるのではないでしょうか。

2019年7月22日月曜日

京都アニメの惨劇と世界の反応に触れて



訳:京都アニメーションは世界で最も性能のあるアニメーターと、その夢を追いかけている人々のふるさとだ。今日おきた破壊と悲劇は日本だけの損失をはるかに超えている。京アニのアーティストたちはそんな作品を通して世界に世代をこえた楽しみを拡散している。心よりご冥福をお祈り致します。(Tim CookのTwitterより)

【解説】
京都アニメ放火事件が海外メディアの注目を集めていることは、様々な報道機関が伝えています。
私個人としては、あまり京都アニメについて詳しくはありませんでした。
しかし、アップルのCEOティム・クック氏が、ここに記したように哀悼の意を日本語で伝えるなど、世界中が今回の悲劇に反応している背景はよく理解できます。

80年代のこと、出版メディア大国アメリカでは、コミックは一ランク下の出版物とみなされていました。
バットマンなどのコミックはコレクターの特殊な読み物で、出版社がそれを扱うことはありませんでした。私がニューヨークで最初に日本の漫画を英文で紹介しようとしたときも、出版社のセールスマンの激しい抵抗にあったことを覚えています。
しかし、そんな状況が次第に変化してゆきました。日本の漫画の質の良さ、ストーリー展開の面白さが少しずつアメリカでも浸透を始めたのです。それは「グラフィックノベル」と呼ばれ、90年代には書店でも堂々と置かれるようになったのです。

その頃、フランスのグルノーブルで開催されたヨーロッパの書籍フェアに参加したことを覚えています。たくさんのフランスやドイツの版元が、日本発のグラフィックノベルの版権を購入しようと日本の作品をみている様子に接し、初めて日本の漫画が世界を席巻するのではと本気で考えたものでした。すでに「漫画」は「Manga」として英語化していました。
とはいえ、アニメーションの世界でいうならば、映画と合体した映像産業で圧倒的な強さを誇っていたのはディズニーなどアメリカの大手に他なりませんでした。ですから、日本でも英語のAnimationをカタカナで「アニメ」と訳し、次第に漫画と映像文化との融合がはじまったのです。

その後、「マンガ」は世界に輸出されました。
当時私も出版人としてそんな「マンガ」の英文書化に何度かかかわったことがありました。ゆあがて、「マンガ」が世界で市民権を得るのと並行して、今度はさらに進化した日本の「アニメ」が「アニメ」という日本語のまま世界で流通するようになったのです。
それから10年以上、私は国際出版事業から離れていました。そして、先週の京都アニメの事件に接したのです。

京都アニメの損失は世界的な損失であると、海外の人は思っています。今年フランスでノートルダム大聖堂が消失したときと同様、世界中の人が人類の貴重な遺産が失われたことに涙したのです。京都アニメに代表される日本のアニメ産業は、日本の顔として世界で評価されていたのです。

もっとも、こうした日本のビジュアルアートへの評価は今に始まったことではありません。
実は、世界で最も有名な日本人は誰かという問いに対して、海外の多くの人が思わぬ答えをしてくれています。それは葛飾北斎なのです。
葛飾北斎に代表される浮世絵が、19世紀終盤のヨーロッパで印象派に大きな影響を与えたことは周知の事実です。そんな浮世絵は日本では全く評価なく、明治初期には輸出用の包み紙として使用されていたといわれています。日本政府が世界に紹介しようとした工芸品などを包んでいた紙に描かれていた版画に、ヨーロッパの人々が注目したのです。皮肉かつ痛快な話です。
それから100年以上の年月を経て、全く新しくなった日本のビジュアルアートが再び世界に紹介されたのです。

「君は本気でバットマンやスーパーマンを書店で売りたいのか。冗談じゃない」
ニューヨークのセントラルパークに面したホテルのカフェで現地の出版社の営業担当者に初めて日本の漫画に興味はないかと問いかけたときに返ってきた言葉を私は今も忘れません。京都アニメの再生に向け、海外の有志によるクラウドファンドが立ち上げられ、二日間で180万ドルもの基金が集まった事実をみるとき、まさに隔世の感を覚えるのです。

一方、京都アニメの消失事件は、日本でおきたテロ事件であるという認識をどれだけの日本人がもっているでしょうか。
テロは海外でのこと、日本は安全な国なのでそんなことはありえないと、日本人の多くは日本の安全神話を信奉しています。放火事件はテロ行為以外の何物でもないことを、メディアはちゃんと伝えているでしょうか。海外の多くの人は、京都アニメは非道なテロ行為の犠牲になったと思っているはずです。

今回紹介したTimCookのTwitterを検索すると、事件がおきる前日に彼がSNSなどで使用される絵文字について語っていることに気づきます。彼はTwitterで、多様な絵文字が作成されていることを賛辞していました。そのメッセージの中で彼は「Emoji」という言葉を使い、日本語の絵文字が「Emoji」として世界で通用していることをくしくも我々に伝えてくれたのです。
「Manga」そして「Anime」から「Emoji」に至る世界で市民権を得てきた日本語を並べてみると、そこに一つの共通項が見えてきます。管制の「おもてなし」や「匠の世界」などといった肩を張った日本文化の押し売りとは違い、人々が権威とは関係なく、本当に面白いと思い、没頭し、苦労を重ねながらも、じわじわと市民権を得たものがまさに文化として世界に拡散するのだということが。
TimCookと同様、犠牲者、そして失われた作品や才能に向け、心を込めて合掌したく思います。