2018年2月6日火曜日
名言格言に見る英語圏のビジネス文化とは
【ニュース】
Fight fair, but avoid fair fights.
訳:フェアに戦え、でも相手と互角には戦うな
【解説】
アメリカ人のビジネスマインドを知る上で、あるビジネススクールの教授が言ったこの一言は参考になります。
Fairであること。それは法律を守り、相手を騙したり、陥れたりする策謀を弄せず、正々堂々であれということを意味します。
しかし、avoid fair fightsつまりフェアな戦いを避けろという言葉が後半に書かれていることが気になります。
前半の文章と後半とが矛盾しているように見えるだけでなく、後半ではフェアであることを否定しているように思えるからです。
アメリカ人には、握手をするときしっかりと相手の目をみて、握力をもって相手の手をグリップする人が多くいます。
手の中に武器を隠していないという証明でもある握手。それをちゃんと握力をもって行うことが、相手とフェアに仕事をすることを暗黙に伝えるメッセージになっているわけです。
しかし、握手をした相手とビジネスをすること、それはボクシングでいえばリングの上での戦いに臨むことを意味します。
リング上での戦いでは、正々堂々と戦うことと、うまく戦うこととを両立させなければなりません。反則をせず、ドーピングをしたり相手の体への不正なアタックをしたりすることはフェアではありません。しかし、同時にリングの上ではしたたかに闘わなければならないというわけです。この文章の後半で語っているのは、そのことなのです。
対戦相手をうまく心理的に追い込んだり、威圧をしたり、またあえて激しく打ち返さず、相手が疲れるのを待って執拗に攻撃したりといった戦略は、リングの上ではなんら問題はないわけです。
このメンタリティが、ビジネスをする上でも応用されるというのが、この格言の意味するところなのです。
法的にも、財務的にも、戦略的にもしっかりとアドバンテッジをとるようにしながらビジネスを進めることは、別に悪いことではないというわけです。
この対応を日本人は「したたか」と思い、時には嫌悪します。
ビジネス文化の違いによるこうした対応を受けると、日本人は相手に対して警戒心をいだいてしまうのです。
一歩日本を離れると、我々は様々な異なったビジネス文化に接します。
例えば、日本人はミスを嫌います。しっかりと準備して練習を重ねた上で、ビジネスというリングにあがろうとします。
If you don’t make mistakes, you aren’t really trying(もしミスをしないのならそれは真剣に物事に取り組んでいない証拠なのだ)という言葉を紹介しましょう。これは、コールマン・ホーキンスという有名なジャズミュージシャンの一言です。
この言葉はビジネスでもよく引用されています。つまり、人はミスを繰り返しながら成長するものだという彼の言葉と同様の格言が、ビジネス界でもよくみられるのです。
確かに、アメリカ人はミスは仕方がないと思い、その原因追求にやっきになるよりは、むしろそれを踏み台にして未来に向かおうというスタンスをとります。
それに対して、日本人はミスに対して徹底的な調査を求め、責任の所在を追求します。意識がミスをおこした背景、つまり過去の検証にむけられるのです。
確かに、日本人は本番になってミスがないように、まず充分すぎる準備と意識共有を図ろうとします。しかし、しっかりと準備をして前に進もうとする日本型のビジネスマインドに対して、アメリカ人はTo improve is to change, to be perfect is to change often.(改善してゆくということは変化を受け入れること。そして、完璧であるということは変更を頻繁に行うこと)と反論します。
まずは行動だと彼らは思うのです。そして変化を繰り返し、試行錯誤を重ねながらビジネスを進めようとするわけです。
実はこの名言は、アメリカ人のものではありません。イギリスの首相として第二次世界大戦をリードしたウインストン・チャーチルの一言です。しかし、これはアメリカ人にとても好まれる一言です。
こうした彼らの発想に対して、日本人は「それはちょっと無責任だ」と反論するかもしれません。
予定を変えたり、状況の変化に応じて対応を変えたりすることに躊躇しない欧米の人が、それでいて自らの立場を守るときは豹変し、contract is contract(契約は契約だ)といってアドバンテッジをとろうとします。
このメンタリティに対応しながら、どのように相手とWin-Loseではなく、Win-Winの戦いに持ち込めるかが、海外でビジネスをする上で求められる交渉力なのです。
それには、日本人が日本人のみと相撲をとっていてはだめなのです。日本にも積極的に異なる発想や常識をもつ海外の人を受け入れ、海外の人との業務経験を蓄積する必要があります。同時に、海外にもどんどん自らをさらけ出し、失敗の中からノウハウを磨いてゆく気概が求められるのです。
2018年1月30日火曜日
組織とリーダーシップの取り方への意識変革にさらされる日本企業の未来とは
【ニュース】
The global economy requires a new set of leadership skills-imbued with a global mindset, multi-functional and effective across cultures and nationalities-that were not as critical even a decade ago.
訳:世界経済は、地球規模の意識によりそい、文化や国境を越え、あらゆる状況で機能でき効果的に活動できる、10年前ですら求められなかった新たなリーダーシップを必要としている(Nicholas Brealey社刊行、What is Global Leadership?より)
【解説】
前回(2018年1月9日号)、Core Competenceの新たなあり方に日本企業が晒されている状況を、自動車業界を例にとって解説しました。
今回は、さらにこの問題を「系列」という日本企業のピラミッド構造を見つめながら掘り下げたいと思います。
日本の大企業は、長年下請けのピラミッドに支えられてきました。
自動車業界を例にとると1sttierから3rdtireさらにはその下に至る下請けの重層構造の上に大手と呼ばれるメーカーが君臨しています。
そして、エンジンの製造者やブレーキの部品製造者などの大型の下請け企業の規模は、ともすれば自動車を販売する会社よりも大きい場合もあるほどです。
これは、単に自動車業界に限ったことではありません。全盛期の家電業界をはじめ、ありとあらゆる製造業がこの構造に支えられてきました。この下請けに支えられる重層構造を系列とよび、世界の人々はその言葉をそのままKeiretsuと呼んできたことはよく知られた事実です。日本企業でのリーダーシップはこの縦社会でいかに舵をとるかというノウハウそのものだったのです。
バブルの頃、このKeiretsuこそが日本企業のパワーであると多くの人は思っていました。ところが、バブルがはじけ、日本企業が苦境にさらされると、海外の人はこのKeiretsuの閉鎖的な構造が、日本の経済力を世界から孤立させているのだと批判しました。そして、その頃から国際企業でのリーダーシップの取り方そのものが変化をはじめました。
日本企業にとってみれば、ある意味でKeiretsuは便利のよいものでもあったのです。長年の付き合いの中で、かなりの仕事が阿吽の呼吸でできたのです。「いつものようにお願いします」といえば、相手は即座に対応でき、「このあたりを去年のモデルより滑らかに」といえば、過去から累積された経験に基づいて、下請けはメーカーが満足する部品を即座に調整してもくれました。
ところが、IT技術の進歩によって、このピラミッド型の構造だけに頼っていては物事が進まなくなりました。ITの業界ではシリコンバレーを中心に多くの企業がM&Aを重ね成長しました。そして、製造業の多くはこれら巨大化した新たな企業の技術を取り入れてゆかなければならなくなったのです。
もともと日本のような強力な下請けの絆のなかった海外の企業は、部品の調達や技術の移管をフラットなネットワークの構築によってまかなってきました。自動車業界でいうならば、例えばフォードは世界中から部品を調達し、部品の製造者は常に価格や技術の競争を通して、自らを売り込んできました。
一方、日本の企業は海外に進出する場合でも下請けに助力してもらいました。また、海外に進出したときも、常に本社が主導して海外の拠点を自らのピラミッドの中に取り込んでゆきました。日本から常に管理者を送り込み、日本のやり方を現地に移植することが、海外との付き合い方であると考えてきました。
そんな日本企業が、IT技術など先端のテクノロジーを導入するために、M&Aや世界とネットワークして成長した海外の企業と付き合い始めたとき、状況が一転したのです。
点と点とを繋ぎながら、フラットで交錯した組織構造をもって成長した海外の企業と、縦社会のシンプルなピラミッドに頼ってきた日本企業との発想の違いが、様々な摩擦を生み出したのです。フラットで世界に拡散する新たなネットワークに対して、いわゆるプロアクティブで、インターラクティブなリーダーシップを発揮するノウハウを日本企業は育てていなかったのです。
例えば、日本企業が海外に発注した商品が、その企業のM&Aによって、それを生産する部門がいきなり売却されたために、部品調達そのものの機会が消滅することもありました。
開発がいきなりストップしたり、納期が大幅に遅れたりということも日常茶飯事となりました。そして、こうした課題が顕在化したときに、それを解決してくれる人的組織的ネットワークを海外に有することもできないまま、グローバル経済の変動に翻弄されることが日常となったのです。
得てして海外の企業はマトリックス型の組織で運営されます。日本語に訳せば交錯型組織とでもいうのでしょうか。
この組織構造では、レポートラインや製造開発のラインが上に向かって一直線に伸びるのではなく、例えば財務上の決裁は香港で行い、人事はシンガポール、そして開発の責任はその製品ごとに最も優秀な組織が存在する世界各地に点在といったように、組織の指示系統やレポートラインが複雑に交錯しているのです。日本企業は下請けも含めて、こうした企業構造をハンドルできないままに翻弄されるのです。
さらに、日本企業はピラミッド型の重層構造が厚くなればなるほど、カジュアルにネットワークする海外の企業と比較すると決裁decision makingにも時間がかかり、様々な根回しを経てやっとGOサインがでたときは、海外の企業はそのプロジェクトそのものに対してとっくに興味を失っているということがしょっちゅうおきるのです。
今、日本企業はこうしたグローバル企業のネットワークや、新規ビジネスを生み出すフラットな組織構造への対応を迫られているのです。1sttierの下請けの持つ重層な組織が、こうした情報のメーカーへの伝達の阻害要因になっていることも考えてゆかなければならないのです。
より早い情報の入手と、その情報への対応、そしてそこからいかに迅速に舵をきることのできる柔軟な組織を創造できるか。これを怠るとき、日本企業の将来は暗雲に覆われるのです。
2018年1月23日火曜日
ノンバーバル「非言語」と異文化の誤解について理解しよう
【ニュース】
Non-Japanese people want to create meaningful relationships, But they cannot do so if you do not help them.
訳:日本人だけではなく、我々も意義ある人間関係を造ろうとしているんだけど、色々と教えてくれないと無理なのです。(外国人の日本人へのコメント)
【解説】
(1)異文化の罠につかまると、善意が誤解の連鎖に変わってしまう
仕事で海外の人と一緒に活動するとき、なんでこんな反応をするんだろうと、外国人に対して不信感をいだいたことはありませんか?
実は、その原因の一つは日本人側にあることに気づいていない人が意外と多くいるのです。
もちろん外国の人は意義ある人間関係を構築しようとしています。
しかし、日本人が助力しないかぎりその達成は不可能というわけです。
英語ができるということと、外国人とうまくコミュニケーションができ、ビジネスができるということは、必ずしも一致しないのです。
その言語の、相手に合った使いかた、そして言語の他に必要なコミュニケーションの方法を知らない限り、海外の人とうまくビジネスをすることはできないのです。
相手に合った言語の使い方とは、
1. 聞き方と喋り方、あるいは書き方
2. 相手の頭の中に入るような情報の出し方
3. プレゼンテーションやフィードバックのノウハウ
などを意味します。
そして、ここで言葉以外のもの、つまりNon-Verbal(非言語)とは何かについて考えてみましょう。非言語とは、
1. ジェスチャーや表情
2. 言いたいことの表明の仕方
3. 相手とのやりとりのテクニック
のことです。
まず、言語以外のコミュニケーションについて触れてみます。
1. ジェスチャーや表情とは、正に文字通り、どのような手振り身振りをすれば相手に自分の言いたいことが伝わりやすくなるのかであり、笑みや深刻な顔を使い分けることによって相手との言葉のキャッチボールを少しでもスムーズにすることを意味します。
2. 言いたいことの表明の仕方とは、いつどのような形で自らの主張を切り出し、合意を求めるかという、プレゼンテーションのテクニックです。
3. 相手とのやりとりのテクニックとは、相手にどういう方法でメッセージを伝えるか、わからないことをどのようなタイミングで質問するかという、相手とのコミュニケーションを促進する上での目に見えないノウハウです。
この3つの要素をしっかりと理解した場合、たとえ語彙力などが充分でない人でも、相手との信頼関係を構築でき、ビジネスでの交渉も、英語が上手くてもこれらの要素を満たしていない人よりも上手く進めることができるのです。もし、聞き取り能力が不安な人でも、その不安をかなり解消することができるのです。
そして、こうしたノウハウの習得のためには、まず「異文化」とは何かということを理解することからはじめなければなりません。
(2)常識や判断が通じない異文化環境について理解しよう
まず、以下のコメントについて考えましょう。
Japanese people are used to living in a monoculture. This has deprived them of the need to explain individual differences in thought in order to understand each other.訳:日本人は、単一文化の中で生活することに慣れてきました。これは、人と人とが意見の違いがあるときに、それをちゃんと説明しお互いに理解する必要性を疎外してきたのです。
これは、多くの外国人が日本人に対して指摘していることです。
この言葉は、グローバルな環境では、日本人がついつい言外に意味を含ませて相手に伝えようとする「阿吽(あうん)の呼吸」での意思疎通は通用せず、いかにしっかりと言いたいことの内容を説明することが大切かということを意味しています。そして彼らはこう説明します。
In this multicultural community called earth there is no value in vagueness as individuals from various backgrounds seek business and social opportunities together.
訳:この地球という多様な文化が共存する社会では、様々な文化背景をもった人々が一緒にビジネスやお互いの社会的な利益を追求するとき、曖昧模糊とした表現は通用しないのです。
まず知っておきたいことは、異文化環境では、今まで自分が正しいと思ってきた常識や判断が通用せず、時には裏目に出ることもあるということです。それが、「異文化」という環境の特徴なのです。
しかも、自らの常識に従った行動は、あまりにも日常的なことなので、多くの場合無意識になされ、それが故にまさか相手が全く異なった受け取り方をしているということにも気づくことなく、誤解が深刻になっていく可能性があることを知っておく必要があります。
これが異文化間のコミュニケーションで発生する悪循環なのです。
2018年1月16日火曜日
海外の人と仕事を進めるノウハウについて
【ニュース】
Intercultural communication is used to describe the wide range of communication processes and problems that naturally appear within an organization or social context made up of individuals from different religious, social, ethnic, and educational backgrounds.
訳:異文化コミュニケーションは、異なる宗教や社会、民族、そして教育環境が生み出す課題やコミュニケーションのプロセスを幅広い視野でとらえて使用される言葉である。(ウエキペディアより)
【解説】
海外の人とどう働くかというテーマを考えるとき、まず海外の人が日本人と仕事をするにあたって、どのような点に不満を持っているかを知っておく必要があります。
今まで内外を含め、4000人の企業エグゼクティブに対して、いかに日本人が海外で仕事をし、海外の人がいかに日本人と業務を共にするかというノウハウについて研修をしてきました。
その中で、海外の人が口を揃えて語るのが、日本人と情報を共有することの難しさでした。しかし、このことを日本人側に伝えると、十分に説明してあるのにどうしてだろうと首を傾げます。
一方、日本人は海外の人に対して、品質管理が雑で、物事の締め切りをまもらないと不満を言います。完璧な準備を求め、その上で仕事を進めたがる日本人からしてみると、まず動きながら調整をして仕事を進めようとする海外の人のビジネス文化に馴染めないのです。
一口に海外といっても、アジア諸国もあれば欧米もあり、そのビジネス文化は多様です。日本人が知っておかなければならないことは、日本人の仕事のやり方も、その多様なビジネス文化の一つに過ぎないという事実です。日本だけが特別でもなければ、仕事への取り組み方が秀でているわけではないのです。
ここで、考えたいのは二つの異なる方策です。
一つは、海外の人を海外からということで特別に意識するのではなく、同僚として仲間に受け入れてゆくことです。つまり、このことは日本人だけの機微の問題だからといって海外の人に情報を選んで伝えることは控えたいのです。情報をうまく共有するには、主観ではなく、客観的にその情報に背景やロジックを説明する必要があります。阿吽の呼吸ではなく、できるだけ詳細に理由や状況を伝える必要があるのです。
そしてもう一つは、海外の人の文化背景や、ビジネスコミュニケーションの方法への理解と尊重の精神を養うことです。つまり、最初に日本の事情をオープンに共有し、日本の職場で「ガイジン」として相手を分け隔てするのではなく、同時に、海外から来た人の背景を尊重するという二つの異なるアプローチを共有させることが必要なのです。
先にも触れましたが、ビジネス文化は、欧米とアジアでは著しく異なります。また、欧米でも、一例を挙げれば、ドイツとアメリカとでは水と油といってもいいほど、コミュニケーションの方法が異なります。
であれば、海外の人とうまくコミュニケーションをして、ビジネスを進めてゆくための方程式は存在しないのです。
ただ、一般的にみて、日本人は海外の人よりも詳細な質問や確認を相手にすることを遠慮しがちです。異文化環境では、相手と理解し合っているかを積極的に確認しない限り、誤解が累積するのです。また、仕事の途中で、うまく進んでいるかどうかを、具体的に伝え合うフィードバックを怠りがちです。日本語環境でのコミュニケーションスタイルは、英語に比べると、自らの意図を間接的に相手に伝え、一をいうことで十を理解してもらおうとしがちです。これが情報共有の不足へと繋がってゆくのです。
つまり、相手のコミュニケーションスタイルにいかに対応するかを、その人が所属する文化への理解を深めながらノウハウとして蓄積してゆかなければならないのです。その上で、日本人のコミュニケーションの方法を相手と共有しなければならないのです。
問題は、日本人が自らの文化について、それがあまりにも日常的なことなので、客観的に理解し、説明できないことです。
そのためには、彼らから積極的にフィードバックを受けることも必要です。彼らがどのように我々のことを思っているか、満足しているのか、あるいは誤解していないのか、常に言葉で確認するのです。この「言葉」で確認するという行為を繰り返すことで、お互いの意思疎通が促進されます。
異文化環境では、こちらがおかしいなと思っているときは、必ず相手も疑問に思ったり不快に感じたりしているはずです。お互いにしっかり仕事をしてよい結果をだそうとしながら、コミュニケーション文化の違いに気付かないために誤解が拡大するのです。
オープンに意見を交換する中で、試行錯誤を繰り返し、双方が歩み寄るフェアな環境を創造する必要があるのです。
2018年1月8日月曜日
未来型の Core Competence の創造とは
【ニュース】
China e car venture future mobility names brand Byton, eyes U.S., Europe.
訳:中国の未来型の自動車へのカーベンチャーはアメリカとヨーロッパを視野にバイトンというブランド名を(ロイターより)
【ニュース】
Byton has revealed an electric vehicle that it thinks presents a glimpse at the future of how we will drive and interact with cars.
訳:バイトンは将来我々がいかに運転とデジタル上のインタラクションとを共有してゆくかというテーマを見据えた電気自動車を披露(BBCより)
【解説】
(1) Bytonが自動車業界に本格参入
中国とヨーロッパ、そしてアメリカの頭脳を集め、自動車産業に新しい台風の目を創造しようという動きが注目されています。ロイター通信、BBC放送などが積極的に報道しています。
コンシューマーテクノロジー分野での見本市で知られるCESが、現在ラスベガスで開催されています。
そこで注目されたのが、中国の資本によりBMWやAppleなどの技術者が共同して開発した新型の電気自動車Bytonでした。
Bytonという名前は、Byteson Wheelsからきています。Bytonの母体となるFuture Mobility Corp.は中国の電気自動車開発会社で、ここにBMWの技術部門で活躍してきたCarsten Breitfeld氏が中心となって制作してきたのがBytonという車です。
この車は、我々が日常触れているインターネットの世界を車に導入し、車とインタラクティブな環境との究極の融合を目指した製品で、開発センターは南京とカリフォルニアのサンタクララ、ミュンヘンにあります。そして、技術者の中には、グーグルやApple、さらにはTeslaやNissanに関わった人々までが含まれています。
Bytonはまずアメリカとヨーロッパの市場で2019年にデビューし、その後販売ネットワークを拡張してゆくことになっています。もちろん中国も重要なターゲットです。
(2) 人材ネットワークがCore Competenceのあり方を変える
このプレスリリースが物語ること。それは人のネットワークです。
今まで企業はその企業が持つコアテクノロジー(基幹技術)Core Technologyを基に、その企業技術と文化をいかに大切にしながら海外に進出し、そのテクノロジーを海外に移植してゆくかというテーマに没頭していました。日本の企業はその典型です。ですから、海外に進出するとき、自らのスペックに対するこだわりが極めて強く、海外で採用した社員もそのスペックを学ぶことにプライオリティをおかされてきたのです。これが通常のグローバル企業の技術移管Technology transferのあり方でした。そしてこのCore Technologyによって育まれるのがCore Competence(強い競争力)であると考えてきたのです。
この企業経営の土台が根本から変化しようとしているのです。
ある意味で日本人が一番苦手としている、海外の知恵とネットワークして、コンセプトを造り、そこに資本を投下して製品を作ってゆくという手法がBytonをはじめとした自動車業界をも席巻する世界各地のベンチャー企業の手法となっているのです。
昔、Silicon ValleyシリコンバレーとSilicon Alleyシリコンアレーのコラボという発想がありました。
ハイテク産業都市が集中するシリコンバレーで技術を開発し、もともと出版産業などが多くコンテンツを制作することのできるニューヨークのalley(路地)で技術にコンテンツを注入して製品化するというのが、電子ブックなどの開発の背景にあったのです。自動車産業の場合、このSilicon Alleyにあたるのがコアテクノロジーを有する既存の自動車メーカーと下請けネットワークでした。ここに世界中の未来型知識を導入することが、現在版のSilicon ValleyとSilicon Alleyのコラボなのです。エンジンとシャシChassisの技術にいかに世界の知恵と結合させ、integrate(統合)してゆくかが課題なのです。
(3) 日本の製造業の課題とは
そもそも、Bytonはなぜ日本のマーケットをターゲットにしていないのでしょうか。おそらく日本は日本の自動車業界が既にネットワークしているため、進出が難しいと思ったからでしょうか。それとも、日本に進出するには日本独特のガラパゴス的な要望に応えてゆく必要があり、その手間とコミュニケーションの難しさを考えたとき、とりあえず日本はスキップしておいたほうが効率的と思ったのかもしれません。
こうしたことから推測し、考えなければならない日本の産業の求められる将来像。それは、世界の人材と自由に交流できるノウハウと人の養成に他なりません。そして、日本のノウハウの輸出というスタンスから、日本のノウハウと世界の知恵との融合というスタンスに、製造量の戦略をシフトさせることから、新たなCore Competence(強力な競争力)を創造することが必要です。
そのための発想と組織構造を企業が育成してゆくことが求められているのです。
2017年12月19日火曜日
日本人の謙虚さが誤解されないために
【英文】The squeaky wheel gets the oil
訳:車輪が軋んでオイルをさす(アメリカのことわざより)
【解説】
英語を学び、海外の人と英語でコミュニケーションをするにあたって、この格言を是非知っておいて欲しいのです。
車輪はスムーズに回転しているときは音をたてません。しかし、オイルがきれてくるとギーギーと音をたてて、車輪の不調を訴えます。言い換えると、ギーギーと音をたてると、人がそれに気付き、オイルを注すのです。
このことから、この格言は、「自分の気持ちをしっかりと言葉で表明しない限り、人は取り合ってくれないよ」ということの例えとして、アメリカ人の間で使用されているのです。
日本人の好きな言葉に「謙譲の美徳」というものがあります。
言い換えれば、自分のことを主張するのではなく、控えめであることが日本人には良しとされています。つまり車輪が軋んでも、あえてそれを声にださず、じっとしていることで、逆に控えめな良い人だということで、日本人は阿吽の呼吸でオイルを注してくれることになります。
しかし、この日本人の発想が海外では「日本人は何を考えているかわからない。不可解で付き合い辛い人たちだ」という誤解へとつながるとしたら、それは極めて不幸なことといえましょう。
でも、この誤解は実際に世界のあちこちで起こっているのです。
海外と日本とでは、コミュニケーションの方法そのものが異なる場合が多々あります。
アメリカをはじめ多くの国では、自分の意思や主張をしっかりと語ってはじめて相手に意図が伝わります。それには言いたいことを瞼の内側に具体的な画像で描いてみて、それを客観的にできるだけ詳しく語らない限り、相手に自分の意図が伝達されないことを意味しています。しかも、強調するところはしっかり強調し、感情的ではなく、それでいてはっきりとした口調で相手に意思を伝える必要があるのです。
日本人が100伝えたつもりでも、実は10も意図が伝わっていないことがよくあるのです。
控えめな表現になれている日本人が、日本人同士で語り合うときと同じ発想で英語で話をすることがその原因です。英語で話をするときは、自分の気持ちをちょっとしつこいぞと思うぐらいに表明して、初めて相手が意識してくれると思うべきです。
人のメッセージは、時間と距離が長くなり、他の文化圏へと伝達しようとすればするほど、伝わりにくくなります。
家族で会話をしているときは、100パーセント伝わっているメッセージが、他人とではそうはいかなくなることはよくあることです。それが、文化の異なる相手に伝えるのではなおさらというわけです。
ですから、そのリスクを補うためには、明快で詳細なメッセージの伝達に加え、相手に注目してもらうための強い視線や大きなジェスチャー、さらには豊かな表情を総動員しなければなりません。
これから、海外の人とコミュニケーションをするときは、必ずこの格言を思い出して、表現方法に工夫を加えるようにしていただきたいのです。
2017年12月11日月曜日
高齢者という言葉を捨てたとき、日本の社会が変化する
【 ニュース】
The Census Bureau says that by 2050, there will be 84 million seniors in this country. – So when I say, “Let’s start talking more about these wonderful entrepreneurs.” I mean, let’s talk about their ventures, just as we do the ventures of their much younger counter parts. The older entrepreneurs in this country have 70 percent success rate starting new ventures. And that number plummets to 28 percent for younger entrepreneurs.
訳:国勢調査によれば、2050年までにアメリカ人の高齢者は8400万人に達するといわれています。そこで申し上げたいのです。何か素晴らしい起業について語り合おうじゃないかと。若い世代のベンチャー企業を取り上げるのと同じように。この国の高齢者のベンチャーの成功率は70%といわれています。若い起業家の成功率は実は28パーセントなのですが。
(Ted Talk より)
【解説】
これは、66歳になって事業をおこし成功したポール・トラズナー氏が自らの経験を元に、高齢者の起業について語ったスピーチからの抜粋です。
日本社会が高齢化にいかに取り組むかというテーマが語られて、すでに20年以上が経過しています。
それにもかかわらず、高齢化社会を若年層がどのように支えていくのかという問いに有効的な回答はでていません。
しかも、高齢化社会の人口の逆ピラミッド現象への対処としては、医療と福祉の視点からしか議論されていません。それどころか、福祉の面からみた場合も、看護士や高齢者施設の介護士などをいかに充実させてゆくかという課題に対して、難問山積です。
例えば、外国人労働者に対するハードルの高い就労条件など、様々な障害が立ちはだかって、日本社会の構造疲労に翻弄されたままになっています。
こうした問題を根本的に解決するとき、我々は高齢者とはそもそも何なのかということを多面的に考える必要がありそうです。
今回紹介するアメリカの起業家のケースは、その問題に前向きな光をあてるヒントとなりそうです。
労働力に必要なことは、働く意欲(あるいは意思)と健全な頭脳、そして体力の3つの要素があるでしょう。
日本の場合、多くの人が、健全な頭脳と体力を持ちながら、意欲と意識の部分で「高齢者」となっている人が多いのではないでしょうか。
そもそも、日本は女性の労働力を無駄にしているといわれてきました。
これは、育児制度の問題などを解決することによって、早急の改善が求められる課題です。そして、女性が男性と平等に働ける環境もしっかりと作り上げ、維持しなければなりません。
しかし、それに加えて、実は日本では高齢者の労働力も無駄にしようとしているのです。
「老後」などという言葉があり、定年や退職という人生にとっての重要な変化の後、多くの人が年金生活や老後の余暇のことばかりを考えます。
また、貧富の差が拡大するなか、この範疇に入らない人には過酷な老後の労働が待ち受けています。こうしたことが、60代以上の人々の意欲と意思を毀損しているのです。
一方で老後もオフィスに通い続ける人に対して、老害という言葉があります。
これは使い方によっては高齢者への差別用語です。ただ、この表現が組織の中で、いつまでも地位や影響力にしがみついている人のことを皮肉った言葉であることも事実です。もっとも、そうした老害が発生するのは一部の、かつ経済的にも恵まれた人の間での問題でしょう。
今回の紹介したトラズナー氏のトークは、高齢者をめぐるこれらあらゆる課題に一つの答えをだしています。
高齢者の労働意欲は、過去に積み重ねた経験と蓄積された知識とが融合したときに大きな力となるのです。ここでも指摘されているように、高齢者が起業した場合、その成功率は若年層の起業よりははるかに高いはずです。
ただ、トラズナー氏のケースを考えるとき、そこには、高齢者の側にも心がけが必要だということも考えさせられます。
高齢者が新たな社会で活躍しようとするとき、彼らが陥りやすい過ちがあることを知っておくべきなのです。
まず大切なことは、過去の経験や蓄積、そして地位を「ひけらかさない」ことです。誰を知っている、何ができたということは、基本的には過去の勲章なのです。勲章は単なる飾りで、勲章をぶら下げている個人が時代から乖離していては、何の意味もありません。
また、その勲章は企業という組織があってこそ尊重されていた「ブリキの勲章」かもしれないのです。
課題は、そうした勲章をプレゼンして回るのではなく、他に働きかける前に、自らがそうしたネットワークから新たなものを掘り起こして、事業にしてゆく姿勢が大切なのです。
勲章を押し付けられ、それが受け入れられず逆ギレしたり、相手が断るに断れず、その人を困惑させ、その結果そんな相手を曖昧だと責めたりでは、健全なビジネスの運営はできません。
私の知人で、元有名な新聞社の幹部だったという人がいました。
彼は、その勲章を元に、多くの人を紹介するのですが、紹介された人も、そうした人を連れて来られた我々も却って厄介なこととなっている事実に本人は気付きませんでした。
こうしたことを自省し、過去の勲章を捨てる勇気が必要です。その上で、本人に意欲があるならば、高齢者は日本の未来にとって、最も有用な労働資源であり、経済資源となれるのです。
アメリカでは、60代どころか80代になっても、ぎらぎらとした目でビジネスを語る人を多く見受けます。そうした人の多くは、過去の自分のストーリーではなく、現在のアイディア、ビジョンについて語ります。
そうすれば、誰も高齢者のレッテルは貼らないのです。もっというなら、ビジネスにとって年齢を設定すること自体age discrimination(年齢に対する差別)として処罰されます。ですから、一旦ビジネスの場に立てば、老若関係なく、平等な扱いを受け、あとは結果をもって評価されるのみというのが、アメリカの競争社会の現実です。
では、体力はどうなんだという人もいるでしょう。
体力はもちろん年齢によって変わってくるでしょう。しかし、それは体に障害のある人が平等に扱われなければならないという制度と社会常識で解決が可能です。自らの体力に合った起業やビジネスは、ネットワークさえすれば、必ず見つけることができるはずです。
日本人の年齢人口の逆ピラミッド化が、実は日本の未来にとって大きなチャンスでありうることを、我々はもっと認識していいのではないでしょうか。「高齢者」という言葉で人を一括りにすることをやめたとき、日本の社会は思わぬチャンスを手にいれることができるのです。
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