2019年6月10日月曜日

ワシントンでの国際会議の裏側を垣間見て



【ニュース】
I have just authorized a doubling of Tariffs on Steel and Aluminum with respect to Turkey as their currency, the Turkish Lira, slides rapidly downward against our very strong Dollar!

訳:私はトルコからの鉄鋼、アルミニウムの輸入に対してトルコリラを基軸に関税を2倍にした。これで我々の強力なドルの前に、リラは価値が下がってゆくだろう!
(トランプ大統領のTweeter 2018年8月10日付より)

【解説】

先月末から今月にかけ、アメリカのオンライン英語検定試験 iTEP を主催する iTEP International社の(iTEP は留学や英語でのビジネス能力試験等、様々な用途に使用れる試験を運営する)の世界大会に出席しました。今年はワシントンDCで開催され、久しぶりのアメリカの首都の訪問となりました。

会議では私を含め、世界中でこのテストを取り扱う国の会社の代表が、自らの地域での販売活動報告を行います。
中にトルコのディストリビュータのサラーという経営者がいました。彼の会社はトルコの格安航空会社などとのコネクションが強く、売り上げを急速に伸ばしていることで注目されているのです。しかし、去年は彼にとって大変な年でした。アメリカドルに対してトルコ通貨リラが大きく暴落 devaluation したのです。アメリカとの政治的緊張、イスラム色の強いエルドアン大統領の強権政治に対する懸念などへの警戒感などがその原因でした。
サラーは、その逆風の中で iTEP International と交渉し、支払いを調整しながら、現地での強いコネクションをフル稼働させてビジネス英語能力テストの販売を伸ばしたのです。この努力と成果には会場の人々も賞賛の拍手を送りました。

彼はクルド系トルコ人です。
クルド人といえば、イラクやトルコに居住し、イスラム教徒ではありながら、その強い民族意識からしばしば迫害や差別の対象になってきたことはよく知られています。そして、トルコ政府はクルド人の民族運動をテロ行為として抑圧します。対してアメリカは、イラク戦争などを通してクルド人に武器を供与するなど支援を続けていました。以来、クルド人問題は、アメリカとトルコとの溝を深めるいくつかの重要な課題の一つとなったのです。

ワシントンに、デュポンサークル Dupont Circle という大きな交差点にあるクレイマーブックス Kramerbooks & Afterwards Café というカフェがあり、私は同地を訪れるたびにそこを訪問します。Facebook にもそこで出会った一つの書籍をアップしました。同店は今でもワシントンの政界の大物も立ち寄る有名な書店で、併設されているカフェやバーには、ロビーを行う人々も多く集います。
この書店と同様に、例えば有名ホテルの会員専用のラウンジなど、ワシントンDCでは様々な場所がそうした政治的な打ち合わせに使用されています。ワシントンDCで活動する人々は、政治家、企業家、そしてジャーナリストや評論家などの多くがなんらかの政治的利害の糸につながっているといわれているほど、ロビーングや情報収拾の場所がこの街のあちこちにあるのです。

実は、そんなロビー団体の中でも有名なのが、トルコにあってクルド人と同居してきたアルメニア系ロビーイストの団体なのです。さて、サリーを見舞った苦境を説明するたえに、ここでアルメニア人について解説します。

アララト山はトルコの東の端、隣国アルメニア共和国にも近い高地にそびえる名山です。雪をかぶる壮麗な山は、その昔旧約聖書に書かれたノアの箱船が漂着した場所ではないかともいわれています。
そんな場所がアルメニア系アメリカ人の故郷です。そしてこの地域にはクルド人も多く居住しています。
アルメニアの人々の多くは、アルメニア使徒教会 Armenian Apostolic Church というキリスト教を信奉しています。このルーツはアルメニア人がローマ帝国とパルチアやその後のササン朝ペルシャといった東方の強国に挟まれながらかろうじて独立を保っていたキリストが活躍していた時代にさかのぼります。紀元301年には、アルメニア王国はキリスト教を国教にします。それは、世界で初めてのできごとでした。その後ローマ帝国でもキリスト教が国教となり、何度かの宗教会議を経て、キリスト教がローマの国教として体裁を整えてゆく中で、アルメニア使徒教会はローマには従わず、独自の信仰を維持しました。

その後、トルコ系の勢力が拡大し、イスラム教が浸透する中で、アルメニア人もそんな歴史の波に飲み込まれます。しかし、彼らは当時のイスラム教最大の国家トルコの支配下にあっても自らの文化と宗教を維持します。特にオスマントルコ末期には、民族運動による軋轢から強制移住や虐殺といった弾圧を受け、第一次世界大戦の時期には多くのアルメニア人がトルコを追われます。その多くが移民としてアメリカに流れてきたのです。
現在、アメリカのアルメニア系の人々は特にカリフォルニアに多く、経済的にもしっかりとした基盤をもっているといわれています。そんなアルメニア人にとって故郷のシンボルとして慕われているのがアララト山なのです。

そんな歴史的背景もあって、アメリカに居住するアルメニア系アメリカ人はトルコに強い警戒感を抱いています。アメリカ・アルメニアン会議 Armenian Assembly of America などを組織し、トルコへの経済制裁 Economic sanction を求めるロビー団体として活動しています。
実は、彼らのロビー活動はイスラエルの活動と比較されるほど強力で、アメリカの中でも最も強い移民団体の一つとして注目されているのです。
実際、トルコへのアメリカ政府の制裁は、アメリカのアラブ社会への警戒感と、アメリカの保守系政権が伝統的に維持しているイスラエル支援とは同根無縁で、トルコのエルドアン大統領が、イスラム色の政策を強め、クルド人問題などを通して反米色を強めると、両国の関係が一触即発の緊張関係へと悪化してしまったのです。両国ともお互いの輸入品への関税 tariff を引き上げ、経済戦争にも突入しています。それが今回のリラの暴落の直接の原因でした。クルド人とその隣人アルメニア人、そしてイスラム教国トルコとトランプ政権の利害と確執が、100年以上くすぶってきた移民問題を発火させたのです。アメリカの政策変更の背景にあるこうした複雑な状況は、なかなか日本には報道されません。

そもそもトルコはNATOの重要な加盟国で、中東の大国です。伝統的にロシアの南下政策に危機感を持つトルコは、アメリカの友好国だったのです。
我々は、ともすればアメリカと中国との経済戦争に目を向けるあまり、そんなトルコの最近の急激なアメリカ離れに対して鈍感です。しかし、中東やヨーロッパでは、これは大きな政治問題であり、経済問題となっているのです。今回、第二次世界大戦でのアメリカを中心とした対独戦線でのノルマンジー上陸75年を記念した式典に集まった、トランプ大統領やイギリスなどの関係者、今後開催されるG20に集まる首脳の頭には、トルコの課題が渦巻いているはずです。

クルド系の経営者サッラーが、そんなアメリカとトルコとの経済戦争のあおりを受け、アメリカの商品の販売に苦戦し、それを必死で乗り越えようとアメリカの政治の中心であるワシントンDCでの国際会議にやってきているのです。
そして、ワシントンでの人々のネットワークの糸をうまくたぐり利用するものが、世界での外交でのアドバンテッジをとれるわけです。
クレイマーブックスは早朝から深夜まで営業しています。そして、アメリカ外交の蜘蛛の糸に関係する人々にも利用されながら、書店経営斜陽の今にあっても、しっかりと経営を続けているのです。