2019年1月29日火曜日

ゴーン氏事件によってあらわになった日本の司法制度の課題とは



【ニュース】
The Carlos Ghosn case is putting Japan's system of 'hostage justice' under scrutiny

訳: カルロス・ゴーンのケースは日本の「人質型司法」の是非を問いかけている
(CNNより)

日本の司法制度に今海外の厳しい目が向けられています。
例のカルロス・ゴーン氏のケースで、彼の勾留が次々と延長されている状況が世界で報道され、注目されているのです。

実は、日本の司法制度は戦前からの規定がそのまま生きているものも多く、硬直し変化することができない日本の制度の代表といっても差し支えありません。
英語でDeath and taxesという言葉があります。これは、死と納税は人間である以上逃れられない2つの宿命であるとして、税金を納める義務の厳しさを表したイディオムです。
ですから、所得を過少報告し、さらに背任容疑にも問われているゴーン氏の置かれている立場が厳しいものであることは、日本のみならず海外においても異論はありません。
しかし、日本の場合、検察や税務署の旧態依然とした一方的な取り調べかたがあまりにも異常であると指摘されているのです。
日本では、弁護士であっても、税務署と争うことを嫌います。また、検察の取り調べに対して弁護士が被告を代理し立ち会ったりすることは許されません。
その結果、被告は一方的に独房に閉じ込められ、長期間の厳しい取り調べに耐えなければならないのです。

ここで、冷静に考えてみたいことがあります。
憲法でも保障されているように、民主主義国家では人を非公開な環境で裁くことは禁止されています。同様に、被告人には黙秘権もあれば弁護士を立てて争う権利も与えられているのです。当然被告人は裁判で有罪とされるまでは罪人ではありません。被告人はあくまでも被疑者であって、罪をおかした疑いをかけられているに過ぎないのです。
従って、裁判に至る過程を含め、裁判所での判決が降りるまで、被告人は自らの罪が冤罪であること、あるいは軽微なものであることを証明する権利があるわけです。
アムネスティを含む海外の専門家、ジャーナリストが指摘したいのは、日本で被疑者を一方的に長期間拘束する制度がまかり通っていることが、この民主主義国家の原則に大きく逸脱しているのではということなのです。
その結果、日本では検察が起訴したケースの99.9パーセントに有罪判決がおりているという驚異的な統計が指摘されるのです。これは基本的人権が保障され、報道や言論の自由が認められている他の主要先進国と比べると5%から15%も高い数字です。
それだけ警察や検察官が緻密に捜査をしているからだという主張はあるかもしれません。しかし。逆にいえば、その緻密さと同様の時間と労力をかけて被告が自らにかけられている疑いに対して潔白を示す機会が与えられているのだろうかという疑問が投げかけられるのです。
そして、被疑者が証拠を隠滅しないために留置するのであれば、被疑者が自由を奪われている間に検察官や税務官が自らに有利な証拠を捏造しない保障はどこに与えられているのでしょうか。
このことから、CNNは日本の検察の取り調べをhostage justice、つまり人質として取り調べる司法制度と皮肉っているのです。

今回、ゴーン氏は何度も保釈を請求したものの、最終的には彼がいまだに影響力があり、証拠を隠滅する可能性があることを理由に裁判所は保釈請求を却下しています。
彼の息子によれば、ゴーン氏は勾留によって10キロ近く体重が減っていると指摘しています。

CNNはこのケースを取り上げるにあたって、2014年にビットコインのスキャンダルで、会社の資金を不正に流用した疑いで11ヶ月半勾留されたマルク・カルプレス氏にインタビューしています。
彼によれば、日本での勾留は、単なる留置ではなく、すでに刑罰を受けているに等しい環境であると述懐し、その過酷さについて厳しく指摘しています。彼は、拘置所の中の狭く劣悪な環境で、毎日長時間取り調べを受け、協力するよう迫られた模様を証言しているのです。カルプレス氏は拘留中に34.9キロも体重が減り、窓のない小さな畳の部屋に勾留され、規則を守るよう看守より厳しい指導や強制を受け、違反すると両手を後ろ側に拘束され、椅子のないフロアの上に数時間放置されたこともあったと証言します。
カルプレス氏は最終的に保釈されますが、彼の裁判はまだ継続中で、今年の3月に陪審員による評決が予定されています。その手続きの長さと、その間実質上仕事も移動もできない状況におかれることも問題だと彼は訴えます。

ここでポイントを整理します。
拘置所は、刑が確定するまで被疑者を留置する場所です。
基本的には殺人事件のような重大な犯罪などを除けば、刑が確定するまでは、被疑者は保釈されることも多く、保釈にあたっては、保釈金を預けると共に、逃亡や証拠隠滅を図らないように様々な条件が設定されます。さらに大切なことは、拘置所は犯人を処罰するところではないのです。拘置所は刑務所ではありません。従って、看守による過度の拘束や侮辱、処罰などを受ける場所ではないわけです。

もちろん、金銭上のモラルの問題において、ゴーン氏やカルプレス氏に対して様々な指摘があることは当然でしょう。ただ、そのことと、司法や刑罰の制度とを混同してはまずいことを我々は冷静に考えるべきです。

それよりもなによりも、多くのメディアは、同じ制度に固執し、変化を嫌う日本の権力の構造を象徴したものとして、今回のケースを注視しているのです。
日本が本当に自由で民主的な国家なのか。今回の事件は皮肉にもゴーン氏が有罪かどうかということ以上に、こうした原点的なテーマを問いかけるケースとなってしまったのです。

2019年1月21日月曜日

台湾を知れば、戦後の隣国の複雑な国際環境がみえてくる



【ニュース】
Over the last few years China has made a series of ambitious military reforms and acquired new technology as it aims to improve its ability to fight regional conflicts over places like Taiwan.
訳:ここ数年間中国の本格的な軍事、軍事技術改革によって台湾など周辺地域での戦闘能力が改善されている(CNNより)

【解説】
台湾に出張しました。
台湾では、出版関係の人々と様々な書籍の企画について話し合いました。
彼らが一様にいうには、台湾の人は日本への興味が強く、一般的な日本紹介の書籍はすでに出尽くしているということでした。彼らが本当に求めているのは、よりニッチで深い日本の事柄なのです。

その上で、ある編集者が私に日本人の台湾への意識の低さを嘆いていました。台湾に観光に来る人は多いものの、台湾のおかれている本当の状況を理解しようと思う日本人は極めて少ないというのです。

台北の中心部に林森・康楽公園という市民の憩いの場があります。ここには日本の鳥居が二つたっています。これは戦前に日本が台湾を統治していた時代の第7代総督明石元二郎とその秘書官を葬ったときに建立されたものといわれています。そこには、この鳥居が歴史の記念碑として保存されている旨の案内板が置かれています。案内板には日本の統治時代への批判は一切触れていません。

台湾の人々のこうした日本への意識に触れるたびに思わされることが、この国のおかれている複雑な状況です。
韓国と同様、台湾は戦前日本が植民地にしていました。その後、中国で国共内戦の結果国民党政府が台湾に逃げ込み、中華民国の本拠地となったことは、歴史を勉強したことのある人であればおわかりかと思います。

しかし、それ以上台湾のことを詳しく知る人は日本には少ないようです。
もともと台湾には現地に昔から住んでいた人々がいました。こうした人々を台湾では本省人といいます。
そもそも台湾は中国の東にある自立した島でした。大航海時代にはオランダやスペインが拠点をおいたことがありました。
清朝になって、中国本土の主権が及ぶようになったものの、実質上組織的な統治が進められたのは日本が日清戦争の後に台湾を植民地にしてからのことでした。
そして、日本が戦争に負けたあと、台湾を引き継いだ国民党が、中国本土からやってきた新たな占領軍となったのです。

国民党政権は、台湾在住の人々を統治するにあたり強権を発動しますが、国民党内部の腐敗や横暴な統治に人々は反発し、大規模な暴動もおこります。国民党が本格的に統治をはじめる直前の1947年には有名な2.28事件という暴動がおこり、国民党政府が民衆に発砲、反政府活動をした者のみならず、数万人の本省人や残留日本人が殺害されたといわれています。

多くの本省人にとって、国民党は日本に変わって台湾にはいってきた侵略者だったわけです。中国本土が共産化され、台湾が国民党政権の下に中華民国として存続したあとも、外省人と呼ばれた中国本土からやってきた国民党関係者と本省人との対立は続きます。その結果中華民国政府は政権基盤を強めるために、長期間国民党による独裁政権を維持していました。その結果多くの血が流れました。その詳細はいまだに闇の中。日本でもほとんど知られていないのです。
その後、本格的な民主化運動がはじまり、総統が選挙で選ばれたのは1996年、李登輝政権のときでした。それは、反共の砦として冷戦の中で1987年まで民主化運動を封じ込めていた韓国と極めて似た経緯であったといえましょう。

ここで知っておきたいのは、台湾が自らの独立を保とうと主張するとき、それは中華人民共和国に対して独立を維持しようというのではなく、台湾が台湾として外省人が打ち立てた中華民国から独立しようという主張であることです。
台湾では、中華民国ではなく台湾としてのアイデンティティを維持し、その上で中華人民共和国が主張する一つの中国という発想からもしっかりと距離をおき自立しようという世論が強いのです。

しかし、一方で経済大国となった中国なしには台湾経済は成り立たないといわれています。それだけに、台湾の人はやっと獲得した民主化された台湾が中国に飲み込まれることには強い警戒感があるのです。

台湾の人の多くは、日本から独立し、中華民国からも独立し、かつ中華人民共和国からも侵略されずに台湾として独立したいのです。しかし、冷戦以来中国は台湾を宿敵の国民党の統治する国家としてみてきました。そして、台湾は中国の一部であると主張します。そのために、中国への配慮から国際政治の中では、台湾を国家として承認する国はほとんどなくなりました。ここに、台湾の本省人のやりきれない思いがあるのです。

人口2300万人の台湾こと中華民国が、いかに本当の台湾となり、強大な中国(中華人民共和国)の脅威からも自立できるか。この政策をめぐり台湾では選挙のたびごとに意見が激しく対立します。

そして、沖縄のすぐ西にある台湾は、日本にとっても極めて重要な国であることも我々はもっと理解する必要があるのです。
「台湾人に、日本の植民地時代への反発がないかといえば嘘でしょう。しかし、その後の国民党に支配された台湾の悲劇がそれ以前の過去を吹き消しているのです。今、台湾は日本との協力と連帯を強く求めているのです」
ある出版関係者はそう語ります。確かに書店に行けば、日本語のコーナーも英語と同じほどの大きさで、様々な日本語学習書が並んでいます。

韓国は長年韓国人の国家でした。ですから、日本が植民地にしたことへの恨みが深いことは否めません。それと比較して台湾はそもそも日本が統治した後、中国が台湾に進出し、現地の意向をよそに国家をそこに樹立したわけです。この歴史的背景の違いが、韓国人と台湾人との対日感情の差異となっていることも、理解しておくべきなのです。