2019年10月22日火曜日

中国人の意識の変化こそが香港の人々の脅威を煽る




【ニュース】
Hong Kong endures 20th straight weekend of anti-government protests..
訳:20週間絶え間なく続く反政府運動に苦しみ続ける..
South China Morning Postより)



【解説】
上海に滞在していると、中国が見えてきます。


巨大な龍に成長した中国の中でも最も経済的な伸長が著しい上海では、今でも古い街並が壊されて高層ビル街へと変わっています。
30年前にこの街を訪れたときは、中心街となる南京路から少し路地に入れば、そこには19世紀の住宅が広がり、庶民の生活が息づいていました。しかし、今ではそんな風情を楽しめる場所も限られてきています。
南京路から地下鉄でほんの数駅行ったところにある老西門は、そんな古い町並みが息づく地域といえましょう。昔ながらのマロニエの並木路の両側には様々な小売店が続き、その脇からは住宅街へと路地が伸びています。昔ながらの市場は今でも買い物客で賑わい、活気にあふれています。
しかし、一歩大通りを隔てた地域は、すでにそんな町を取り壊し、巨大なアパート群が建設されようとしています。道路を隔てて二つの世界が存在するのです。一つは、住人のコミュニティ意識の強い伝統的な中国の社会。そして、もう一つは隣に住む人が誰かもわからない大都会ならではの社会です。
前者は前時代のものとしてどんどん縮小し、後者は所構わず拡大しています。すでに語り尽くされているかのような中国社会の激しい変貌が、今なお続いていることが上海に来れば否応無く実感させられるのです。

そんな変化の中にあって、中国政府は治安の維持にも賢明です。地下鉄の駅でも空港さながらの荷物検査があり、通行人は検査の際に映像にも記録されています。街にはあちこちに警察官がいて、人々の動きを監視しています。
しかも、新しく開発されたビルが、常に商業施設で埋まっているかといえば、決してそうではありません。空きビルと化したところも多く、バブル経済に踊る中国の危うい一面も見えてきたりします。
とはいえ、そんな矛盾が見え隠れはするものの、この街に住む人々が豊かさを謳歌していることは否めません。確かに彼らの暮らしは過去に比べると大きく向上しているのです。

そんな上海の人に今香港でおきているデモや暴動のことを尋ねれば、ほとんどの人が理解できないと首をかしげるのも事実です。
「デモを起こしている人たちは国を裏切ったとんでもない人だよ」というのがほとんどの人の見方です。
以前は報道されることも稀だった香港での事情も、上海の人の目には不可解を通り越した犯罪行為にうつっているようです。
それは、こと香港だけではありません。台湾での反中国活動に対しても、人々は同じように反応しています。
確かに、この20年で中国経済は大きく成長しました。ですから、豊かな暮らしを維持するためには、今の政府を批判せず、その功績を称えていたいというのが人々の本音でしょう。国が豊かで生活の質が向上し続けている限り、あえて政治の問題には触れる必要がないと、中国の人は思っているのかもしれません。
さらに、上海の街角に立てば、豊かになった中国を積極的に誇りに思い、そんな中国の一部であるはずの香港や台湾の人々が、どうして中国を批判しているのか理解できないと本気で思っている人が大半のようにみえてきます。それだけ、中国は官民共に自信をつけてきたのでしょう。昔天安門事件などで中国国内を大きく揺らした民主化への意識は、今では完全に過去のものとなってしまったのです。

では、そんな中国で、どこまで政府は人々の自由を認めるのでしょうか。
最近原宿や秋葉原から来たのかと思うようなコスプレを楽しむ若者を上海でもみかけることがあります。ネットなどで拡大する新しいライフスタイルが都会生活の中に着実に浸透してきているのです。
そして、そんな若者を交差点でみかけたとき、年配者や地方から来た観光客が驚きの目で振り返ったりもしています。
若者のこうした変化を中国政府がどこまで受け入れ、彼らが政治に口をださない限り寛容でいられるのかはまだわかりません。
そして、香港での騒動が中国社会に岩から滲み出る水のようにじわじわと影響を与えることがあるのかどうかも未知数です。言論の自由が日々規制され、海外からの情報も制限されている中で、それでも中国の都市部ではコスプレが流行り、ホテルのテレビでは海外の情報もそれなりに取ることができるのです。
それでも大多数の中国人は、そんな情報をあえて無視しながら、逆に成長著しい中国経済を誇りに思うというジレンマの中で生活しているのです。

先週から今週にかけては、チリやレバノン、さらにはスペインのカタルーニャでの暴動やデモ、加えてブレグジットの可否に揺れるイギリスなどのニュースの中で香港情勢はそれほど報道されることはありませんでした。日本でも、台風や皇位継承のニュースなどの影響で、香港での緊張への関心が希薄になりつつあるようです。
そんな状況の中で上海に来てみれば、日本以上に香港も含む海外の情報から隔絶されてしまいます。
上海の繁華街を歩く人々は、中国政府が自らの生活を守るために「違法行為」に監視の目を光られ、街のあちこちで個人情報を管理していることは仕方のないことだと信じているのです。そして豊かであれば、国家は維持できると国の舵をとる指導者や政府の末端で働く警察官も実感しているのでしょう。

こうした中国国内の環境がさらに整い、上海にみられるバブル経済の危うさを強引にでも封じこめたとき、中国は香港や台湾に対して本格的に腕力を誇示してくるのかもしれません。
上海の街のネオンの洪水の中に立っていると、その秒読みが始まっているのではないかという恐怖が、逆に香港などでのデモの背景にもあるのではと気づかされるのです。

2019年7月29日月曜日

『キリスト教を卒業したアメリカ人』が創る未来とは



【ニュース】
The road to success is not easy to navigate, but with hard work, drive, and passion, it's possible to achieve the American dream.

訳:成功への航路は困難がつきもの。しかし、賢明に働き、仕事をマネージし、情熱を持っていれば、アメリカンドリームを達成することはできるはずだ。
Tommy Hilfiger(アメリカの起業家)の言葉より

【解説】
アメリカに出張しています。
こちらに来て飛行機の窓から下をみると、いつも広大な大地に走る高速道路や貯水池、そしてその脇にブドウの房のように人工的に広がる住宅地などが目にとまります。
特に西海岸は開拓されて200年も経っていません。すでに3億2千万人を超える人口を有するアメリカは、これからも移民政策が大幅に変わらない限り、先進国の中でも人口が増え続け、その人口比に比例して経済も堅調であるといわれています。

確かにアメリカには広大な大地が残っています。その多くは地価もまだ安く、開拓されて以来さほど人口も増えていません。アメリカ市民の出生率は1.8人ということなので、それだけだと人口は減少傾向にあるはずです。こうした地方都市が全米に拡散しているのも現状です。そんなアメリカの人口増加を牽引しているのがいうまでもなく移民パワーなのです。移民のパワーによって、アメリカの人口は驚異的に成長したといっても過言ではありません。
なんとアメリカの人口が2億人を超えたのは1967年から68年にかけてのことです。そして、2000年の段階では2億8千万人強だったのです。この19年ですら4千万人以上の人口増加があったことになるわけです。ということは、この多くが新生児ではなく、移民だったということになります。




広大な土地が残り、人口が増え続けているとなれば、当然産業が育成され消費も伸び続けます。貧富や地域での経済格差が広がっているとはいうものの、IMFの統計によれば、GDPを総人口で割った一人当たりのGDPではアメリカは世界10位を維持していて、世界28位の日本とも大きく水をあけています。このことを世界で最も人口の多い中国と比較してみると、さらに面白いことがわかります。
中国は世界2位の経済大国であるといわれますが、一人あたりのGDPは日本の半分以下で世界でも73位に甘んじています。まだまだ豊かではないのです。
しかも、中国の場合最近まで実施してきた一人っ子政策の影響に加え、富裕層が増えたことで出生率が極度に低下し、これから貧しい人々が膨大な老齢者を支えなければならなくなります。これは日本や韓国に対しても指摘されている未来の課題以上に重大な問題かもしれません。
さらにインドのように、経済成長がまだまだゆっくりしているにも関わらず、人口が極度に増え続けている国も多くあります。
それに反して、人口増加が低い国は、日本のように移民への門戸が狭く、膨大な人口増加に苦しむ第三世界の人々への受け入れ口にはなりにくいのです。

トランプ政権によって、大きく移民政策にメスがはいっているとはいえ、アメリカはそうした苦しむ国々からの移民の受け入れ口であることには変わりないのです。
こうした根拠から、アメリカはいまだに極めて高い将来性を維持した国家であるということがわかってきます。
飛行機の窓の下に広がる光景は、人が自然を変え、征服してゆくことを国是としてきたアメリカの姿に他なりません。であればこそ、経済成長が続くアメリカの課題は、むしろ自然との共存をいかに進め、移民による多様な社会をいかに前向きに育ててゆくかという課題に集約されるのです。

ここで、「キリスト教を卒業したアメリカ人」というテーマに触れましょう。
歴史的にみると、アメリカはヨーロッパでの迫害を逃れて海を渡ってきたプロテスタント系の人々が中心となって開拓した国家です。
そこに、カトリック系や様々なキリスト教の分派に属する人々、さらにはユダヤ系の人々がヨーロッパから流れてきました。
彼らは自らの宗教にこだわり、そのライフスタイルをしっかりと守っていた人々でした。
しかし、科学が進歩し、産業が発達すると状況が一変します。特に60年代から全ての人種や移民に平等の政治的権利を付与する公民権法が施行されて以来、宗教観により市民同士の軋轢がどんどん減少してきたのです。この世代以降、教会に通わない元キリスト教徒や元ユダヤ教徒といっても過言ではない人々が増えてきたのです。
私の友人も親は熱心なプロテスタントだったものの、自分は一切宗教とは関わりがないという人がほとんどです。彼らこそが、シリコンバレーなど都市部の先端産業を担う人々の中核なのです。多様性が拡大すればするほど、この「キリスト教を卒業したアメリカ人」が増えてきます。
トランプ政権の支持層は、こうした新しい社会に対して危機感を抱く伝統的保守層に属する人々であるといっても差し支えないのです。彼らはいまだにアメリカ市民の中核であるといっても過言ではないのですが。
とはいえ今後、「キリスト教を卒業したアメリカ人」がどのように増加し、世界の多様な価値観と融合してゆくのか、それともいわゆる伝統的保守層の揺り戻しによって、社会全体が閉塞してゆくのかは、未知数です。しかし、少なくとも30年というスパンでみるならば、伝統的保守層との人口比率も大きく変化してくるはずです。すでに、いわゆる白人系の人口を非白人系の人口が上回ろうとしている事実も忘れてはなりません。

では、そんなアメリカのリスクはどこにあるのでしょうか。
それは、変化を受け入れ、それを積極的な価値観としてきたアメリカ人の行動パターンそのものにあるといえます。
よくアメリカ人を「反省をしない未来志向病」にかかっていると批判する人がいます。
移民や開拓者の精神に支えられたアメリカでは、状況をどんどん変化させ、新しくしてゆくことへの躊躇が日本などに比べ実に少ないのです。
これはアメリカの強みでもあります。しかし、その強みというコインの裏側に、彼らのアキレス腱が潜んでいることも忘れてはなりません。
そんな世界に対して躊躇なく自らの価値観をもってチャレンジしようとするアメリカが躓いた典型的な例が、ベトナム戦争やリーマンショックだったのです。
技術革新に余念のない新しいアメリカ世代が生み出す社会が余りにもAIに頼り、利便性やデータ管理に依存しすぎた場合、それは未来の人類そのもののあり方にも大きな影響を与えてしまいます。自然との共存の課題もしかりです。
人類の力でなんでも可能になると思うアメリカ人のたくましい意識が裏目にでないよう、国家レベル、さらには世界レベルで見つめてゆくことが人類全体にとって大切なことになっているほど、これからもアメリカは成長を続けるのではないでしょうか。

2019年7月22日月曜日

京都アニメの惨劇と世界の反応に触れて



訳:京都アニメーションは世界で最も性能のあるアニメーターと、その夢を追いかけている人々のふるさとだ。今日おきた破壊と悲劇は日本だけの損失をはるかに超えている。京アニのアーティストたちはそんな作品を通して世界に世代をこえた楽しみを拡散している。心よりご冥福をお祈り致します。(Tim CookのTwitterより)

【解説】
京都アニメ放火事件が海外メディアの注目を集めていることは、様々な報道機関が伝えています。
私個人としては、あまり京都アニメについて詳しくはありませんでした。
しかし、アップルのCEOティム・クック氏が、ここに記したように哀悼の意を日本語で伝えるなど、世界中が今回の悲劇に反応している背景はよく理解できます。

80年代のこと、出版メディア大国アメリカでは、コミックは一ランク下の出版物とみなされていました。
バットマンなどのコミックはコレクターの特殊な読み物で、出版社がそれを扱うことはありませんでした。私がニューヨークで最初に日本の漫画を英文で紹介しようとしたときも、出版社のセールスマンの激しい抵抗にあったことを覚えています。
しかし、そんな状況が次第に変化してゆきました。日本の漫画の質の良さ、ストーリー展開の面白さが少しずつアメリカでも浸透を始めたのです。それは「グラフィックノベル」と呼ばれ、90年代には書店でも堂々と置かれるようになったのです。

その頃、フランスのグルノーブルで開催されたヨーロッパの書籍フェアに参加したことを覚えています。たくさんのフランスやドイツの版元が、日本発のグラフィックノベルの版権を購入しようと日本の作品をみている様子に接し、初めて日本の漫画が世界を席巻するのではと本気で考えたものでした。すでに「漫画」は「Manga」として英語化していました。
とはいえ、アニメーションの世界でいうならば、映画と合体した映像産業で圧倒的な強さを誇っていたのはディズニーなどアメリカの大手に他なりませんでした。ですから、日本でも英語のAnimationをカタカナで「アニメ」と訳し、次第に漫画と映像文化との融合がはじまったのです。

その後、「マンガ」は世界に輸出されました。
当時私も出版人としてそんな「マンガ」の英文書化に何度かかかわったことがありました。ゆあがて、「マンガ」が世界で市民権を得るのと並行して、今度はさらに進化した日本の「アニメ」が「アニメ」という日本語のまま世界で流通するようになったのです。
それから10年以上、私は国際出版事業から離れていました。そして、先週の京都アニメの事件に接したのです。

京都アニメの損失は世界的な損失であると、海外の人は思っています。今年フランスでノートルダム大聖堂が消失したときと同様、世界中の人が人類の貴重な遺産が失われたことに涙したのです。京都アニメに代表される日本のアニメ産業は、日本の顔として世界で評価されていたのです。

もっとも、こうした日本のビジュアルアートへの評価は今に始まったことではありません。
実は、世界で最も有名な日本人は誰かという問いに対して、海外の多くの人が思わぬ答えをしてくれています。それは葛飾北斎なのです。
葛飾北斎に代表される浮世絵が、19世紀終盤のヨーロッパで印象派に大きな影響を与えたことは周知の事実です。そんな浮世絵は日本では全く評価なく、明治初期には輸出用の包み紙として使用されていたといわれています。日本政府が世界に紹介しようとした工芸品などを包んでいた紙に描かれていた版画に、ヨーロッパの人々が注目したのです。皮肉かつ痛快な話です。
それから100年以上の年月を経て、全く新しくなった日本のビジュアルアートが再び世界に紹介されたのです。

「君は本気でバットマンやスーパーマンを書店で売りたいのか。冗談じゃない」
ニューヨークのセントラルパークに面したホテルのカフェで現地の出版社の営業担当者に初めて日本の漫画に興味はないかと問いかけたときに返ってきた言葉を私は今も忘れません。京都アニメの再生に向け、海外の有志によるクラウドファンドが立ち上げられ、二日間で180万ドルもの基金が集まった事実をみるとき、まさに隔世の感を覚えるのです。

一方、京都アニメの消失事件は、日本でおきたテロ事件であるという認識をどれだけの日本人がもっているでしょうか。
テロは海外でのこと、日本は安全な国なのでそんなことはありえないと、日本人の多くは日本の安全神話を信奉しています。放火事件はテロ行為以外の何物でもないことを、メディアはちゃんと伝えているでしょうか。海外の多くの人は、京都アニメは非道なテロ行為の犠牲になったと思っているはずです。

今回紹介したTimCookのTwitterを検索すると、事件がおきる前日に彼がSNSなどで使用される絵文字について語っていることに気づきます。彼はTwitterで、多様な絵文字が作成されていることを賛辞していました。そのメッセージの中で彼は「Emoji」という言葉を使い、日本語の絵文字が「Emoji」として世界で通用していることをくしくも我々に伝えてくれたのです。
「Manga」そして「Anime」から「Emoji」に至る世界で市民権を得てきた日本語を並べてみると、そこに一つの共通項が見えてきます。管制の「おもてなし」や「匠の世界」などといった肩を張った日本文化の押し売りとは違い、人々が権威とは関係なく、本当に面白いと思い、没頭し、苦労を重ねながらも、じわじわと市民権を得たものがまさに文化として世界に拡散するのだということが。
TimCookと同様、犠牲者、そして失われた作品や才能に向け、心を込めて合掌したく思います。


2019年6月10日月曜日

ワシントンでの国際会議の裏側を垣間見て



【ニュース】
I have just authorized a doubling of Tariffs on Steel and Aluminum with respect to Turkey as their currency, the Turkish Lira, slides rapidly downward against our very strong Dollar!

訳:私はトルコからの鉄鋼、アルミニウムの輸入に対してトルコリラを基軸に関税を2倍にした。これで我々の強力なドルの前に、リラは価値が下がってゆくだろう!
(トランプ大統領のTweeter 2018年8月10日付より)

【解説】

先月末から今月にかけ、アメリカのオンライン英語検定試験 iTEP を主催する iTEP International社の(iTEP は留学や英語でのビジネス能力試験等、様々な用途に使用れる試験を運営する)の世界大会に出席しました。今年はワシントンDCで開催され、久しぶりのアメリカの首都の訪問となりました。

会議では私を含め、世界中でこのテストを取り扱う国の会社の代表が、自らの地域での販売活動報告を行います。
中にトルコのディストリビュータのサラーという経営者がいました。彼の会社はトルコの格安航空会社などとのコネクションが強く、売り上げを急速に伸ばしていることで注目されているのです。しかし、去年は彼にとって大変な年でした。アメリカドルに対してトルコ通貨リラが大きく暴落 devaluation したのです。アメリカとの政治的緊張、イスラム色の強いエルドアン大統領の強権政治に対する懸念などへの警戒感などがその原因でした。
サラーは、その逆風の中で iTEP International と交渉し、支払いを調整しながら、現地での強いコネクションをフル稼働させてビジネス英語能力テストの販売を伸ばしたのです。この努力と成果には会場の人々も賞賛の拍手を送りました。

彼はクルド系トルコ人です。
クルド人といえば、イラクやトルコに居住し、イスラム教徒ではありながら、その強い民族意識からしばしば迫害や差別の対象になってきたことはよく知られています。そして、トルコ政府はクルド人の民族運動をテロ行為として抑圧します。対してアメリカは、イラク戦争などを通してクルド人に武器を供与するなど支援を続けていました。以来、クルド人問題は、アメリカとトルコとの溝を深めるいくつかの重要な課題の一つとなったのです。

ワシントンに、デュポンサークル Dupont Circle という大きな交差点にあるクレイマーブックス Kramerbooks & Afterwards Café というカフェがあり、私は同地を訪れるたびにそこを訪問します。Facebook にもそこで出会った一つの書籍をアップしました。同店は今でもワシントンの政界の大物も立ち寄る有名な書店で、併設されているカフェやバーには、ロビーを行う人々も多く集います。
この書店と同様に、例えば有名ホテルの会員専用のラウンジなど、ワシントンDCでは様々な場所がそうした政治的な打ち合わせに使用されています。ワシントンDCで活動する人々は、政治家、企業家、そしてジャーナリストや評論家などの多くがなんらかの政治的利害の糸につながっているといわれているほど、ロビーングや情報収拾の場所がこの街のあちこちにあるのです。

実は、そんなロビー団体の中でも有名なのが、トルコにあってクルド人と同居してきたアルメニア系ロビーイストの団体なのです。さて、サリーを見舞った苦境を説明するたえに、ここでアルメニア人について解説します。

アララト山はトルコの東の端、隣国アルメニア共和国にも近い高地にそびえる名山です。雪をかぶる壮麗な山は、その昔旧約聖書に書かれたノアの箱船が漂着した場所ではないかともいわれています。
そんな場所がアルメニア系アメリカ人の故郷です。そしてこの地域にはクルド人も多く居住しています。
アルメニアの人々の多くは、アルメニア使徒教会 Armenian Apostolic Church というキリスト教を信奉しています。このルーツはアルメニア人がローマ帝国とパルチアやその後のササン朝ペルシャといった東方の強国に挟まれながらかろうじて独立を保っていたキリストが活躍していた時代にさかのぼります。紀元301年には、アルメニア王国はキリスト教を国教にします。それは、世界で初めてのできごとでした。その後ローマ帝国でもキリスト教が国教となり、何度かの宗教会議を経て、キリスト教がローマの国教として体裁を整えてゆく中で、アルメニア使徒教会はローマには従わず、独自の信仰を維持しました。

その後、トルコ系の勢力が拡大し、イスラム教が浸透する中で、アルメニア人もそんな歴史の波に飲み込まれます。しかし、彼らは当時のイスラム教最大の国家トルコの支配下にあっても自らの文化と宗教を維持します。特にオスマントルコ末期には、民族運動による軋轢から強制移住や虐殺といった弾圧を受け、第一次世界大戦の時期には多くのアルメニア人がトルコを追われます。その多くが移民としてアメリカに流れてきたのです。
現在、アメリカのアルメニア系の人々は特にカリフォルニアに多く、経済的にもしっかりとした基盤をもっているといわれています。そんなアルメニア人にとって故郷のシンボルとして慕われているのがアララト山なのです。

そんな歴史的背景もあって、アメリカに居住するアルメニア系アメリカ人はトルコに強い警戒感を抱いています。アメリカ・アルメニアン会議 Armenian Assembly of America などを組織し、トルコへの経済制裁 Economic sanction を求めるロビー団体として活動しています。
実は、彼らのロビー活動はイスラエルの活動と比較されるほど強力で、アメリカの中でも最も強い移民団体の一つとして注目されているのです。
実際、トルコへのアメリカ政府の制裁は、アメリカのアラブ社会への警戒感と、アメリカの保守系政権が伝統的に維持しているイスラエル支援とは同根無縁で、トルコのエルドアン大統領が、イスラム色の政策を強め、クルド人問題などを通して反米色を強めると、両国の関係が一触即発の緊張関係へと悪化してしまったのです。両国ともお互いの輸入品への関税 tariff を引き上げ、経済戦争にも突入しています。それが今回のリラの暴落の直接の原因でした。クルド人とその隣人アルメニア人、そしてイスラム教国トルコとトランプ政権の利害と確執が、100年以上くすぶってきた移民問題を発火させたのです。アメリカの政策変更の背景にあるこうした複雑な状況は、なかなか日本には報道されません。

そもそもトルコはNATOの重要な加盟国で、中東の大国です。伝統的にロシアの南下政策に危機感を持つトルコは、アメリカの友好国だったのです。
我々は、ともすればアメリカと中国との経済戦争に目を向けるあまり、そんなトルコの最近の急激なアメリカ離れに対して鈍感です。しかし、中東やヨーロッパでは、これは大きな政治問題であり、経済問題となっているのです。今回、第二次世界大戦でのアメリカを中心とした対独戦線でのノルマンジー上陸75年を記念した式典に集まった、トランプ大統領やイギリスなどの関係者、今後開催されるG20に集まる首脳の頭には、トルコの課題が渦巻いているはずです。

クルド系の経営者サッラーが、そんなアメリカとトルコとの経済戦争のあおりを受け、アメリカの商品の販売に苦戦し、それを必死で乗り越えようとアメリカの政治の中心であるワシントンDCでの国際会議にやってきているのです。
そして、ワシントンでの人々のネットワークの糸をうまくたぐり利用するものが、世界での外交でのアドバンテッジをとれるわけです。
クレイマーブックスは早朝から深夜まで営業しています。そして、アメリカ外交の蜘蛛の糸に関係する人々にも利用されながら、書店経営斜陽の今にあっても、しっかりと経営を続けているのです。


2019年3月24日日曜日

新しい組織と個人のあり方を求めて



【ニュース】
New technology will not necessarily replace old technology, but it will date it.
訳:新しい技術が古い技術にとってかわる必然性はない。ただ、古い技術がそのまま古くなるだけのことだ(Steve Jobs)

【解説】
グーグルが新しいインタラクティブなゲームのサービスを開始するというアナウンスは、任天堂やソニーといった、ゲーム機器を販売している企業に大きな衝撃を与えました。
今、世の中は、パソコン、あるいは手にとって移動できる iPhone のような端末と、インターネットで稼働するソフトウエアがあれば、ほとんど全ての情報や学習、そして娯楽が楽しめるようになろうとしています。これによって失われ、時代遅れになる機器やサービスが、これから先10年の間にどんどん増えてくるのではといわれています。

この現象を日本の将来に当てはめたとき、「ものづくり」という言葉に依存しすぎてきた日本人のおごりが日本の凋落の原因となるのではと危惧する人も多いはずです。
以前、日本の自動車業界を見舞うことになりそうなリスクについて触れたことがありました。そこでも解説したように、日本の多くの企業はいまだに組織という縦社会のピラミッドを大切にしすぎ、横のネットワークをグローバルに広げることに長けていないのです。もっといえばグローバルなサイズで人材を育成するノウハウに劣っているといえましょう。
そこで、今回は、そうしたノウハウを育成するために、海外のビジネスの現場ではどのような行動が求められているかをまとめてみたく思います。

全てのビジネスはそれが大きな組織であろうと、個人企業であろうと、「ひらめき」からはじまります。要はこのひらめきを組織がつぶさず、「ひらめき」を促進し、さらにそこから新たな機能のネットワークを構築することが必要なのです。

欧米流の発想では「ひらめき」のあとのプロセスはおおまかに言えば以下のようになります。

ひらめき(Inspiration) → プラン二ング(Planning) → ビジョンの創造(Vision) → イニシアチブ(Initiative) → ネットワーキング(Networking) → 説得と議論(Presentation and brainstorm) → チームワークの蘇生(Creating teams) → 目標設定(Goal setting) → 異なる意見や発想(Counter opinions and ideas) → 顧客のニーズの査定(Customer needs assessment) → 試行錯誤(Trial and Error) → 調整(Adjustment) → 最終目標(Final Goal setting) → 完成(Completion) → イノベーション(innovation) → 新たなひらめき(New Inspiration) → さらなるネットワーキング(New networking) → 成長(Business development)

一見日本も同様に思えるかもしれませんが、このプロセスの中に散りばめられた発想法をみてゆくと、そこにいかに異なるビジネス文化が潜んでいるかがわかってきます。
そして、物事は最初の「ひらめき」よる事業の開始で求められる完成で終わりません。完成のあと、常に完成品の刷新が求められます。そのとき、再び新たなひらめきによって開発がはじまるのです。

グループ志向で、組織の構造を重んずる日本と異なり、海外ではより個人のイニシアチブが評価されます。そして個人が組織の縦に対してではなく、横のネットワーク、時には組織を超えたネットワークを通じて戦略を進化させてゆくことが求められます。
組織が「ひらめき」を促し、個人がいかにそれをプレゼンし、チームの組成を促し、チームの中でブレンストームを重ねながら、「ひらめき」を具体的な計画に進化させてゆくかが大切です。
日本の組織に欠けているのは Individual Initiative 「個人のイニシアチブ」を奨励し、育てることです。日本ではとかく「出る杭は打たれる」といわれますが、グローバルな競争に晒されて生き残るためには、まず、この「ひらめき」をいかに育ててゆくかという価値観が大切なのです。
日本の社会では、自らの発想や意見を直裁に発言することを忌諱する風習があります。しかし、世界中の人が寄り添う環境では、遠慮することなく自らの気持ちを述べ提案する行動が必要です。その時にはassertive、つまり堂々と自信をもった対応をしなければなりません。上下関係や横の関係に気をつかって引っ込み思案になってはいけないのです。

そして、Inspiration、つまり「ひらめき」を組織としての目標というvision「ビジョン」に高め、そこで生まれるリスクを検証するために立ち止まるのではなく、リスクを冒しながら、失敗から学び、常に前に進む迅速さとしたたかさが求められます。そのためには、失敗したら責任をとらなければならいという発想自体を変えなければなりません。
現在のリーダーに求められるのは、この個人の「ひらめき」をみんながshare「共有」し、その「ひらめき」の向こうにある大きな「貢献」、そして「あるべき姿」をvision「ビジョン」として皆の心の中にいだけるよう、情報を共有してゆくファシリテーション力、ネットワーク力なのです。そして失敗を責めず、責任を追及することに終始せず、むしろ失敗を奨励し、そこから学べる環境を整えることなのです。
グローバルな環境では、様々な人が世界中から集まり共同作業を行います。このときに、お互いのdifference「違い」を尊重し、その様々な異なる発想や考え方が集合できるdiversity「多様性」を受け入れ、そうした環境を積極的に創造しなければネットワーキングは成り立ちません。常に日本ばかりに目を向け、他者を排除してはいけないのです。

ありとあらゆるビジネスにおいて、世界からプレイヤーが参入し、競争はますます激しくなってきています。
ここに挙げたグローバルでのビジネスの基本に加え、迅速にadvantage「有利な状況」を獲得し、他者より少しでも先により新しい製品やサービスを提供することが、我々に今求められています。ソニーや任天堂を見舞った衝撃は人ごとではありません。日本の産業界全体が取り組まなければならない喫緊の課題を突きつけられているのです。

2019年1月29日火曜日

ゴーン氏事件によってあらわになった日本の司法制度の課題とは



【ニュース】
The Carlos Ghosn case is putting Japan's system of 'hostage justice' under scrutiny

訳: カルロス・ゴーンのケースは日本の「人質型司法」の是非を問いかけている
(CNNより)

日本の司法制度に今海外の厳しい目が向けられています。
例のカルロス・ゴーン氏のケースで、彼の勾留が次々と延長されている状況が世界で報道され、注目されているのです。

実は、日本の司法制度は戦前からの規定がそのまま生きているものも多く、硬直し変化することができない日本の制度の代表といっても差し支えありません。
英語でDeath and taxesという言葉があります。これは、死と納税は人間である以上逃れられない2つの宿命であるとして、税金を納める義務の厳しさを表したイディオムです。
ですから、所得を過少報告し、さらに背任容疑にも問われているゴーン氏の置かれている立場が厳しいものであることは、日本のみならず海外においても異論はありません。
しかし、日本の場合、検察や税務署の旧態依然とした一方的な取り調べかたがあまりにも異常であると指摘されているのです。
日本では、弁護士であっても、税務署と争うことを嫌います。また、検察の取り調べに対して弁護士が被告を代理し立ち会ったりすることは許されません。
その結果、被告は一方的に独房に閉じ込められ、長期間の厳しい取り調べに耐えなければならないのです。

ここで、冷静に考えてみたいことがあります。
憲法でも保障されているように、民主主義国家では人を非公開な環境で裁くことは禁止されています。同様に、被告人には黙秘権もあれば弁護士を立てて争う権利も与えられているのです。当然被告人は裁判で有罪とされるまでは罪人ではありません。被告人はあくまでも被疑者であって、罪をおかした疑いをかけられているに過ぎないのです。
従って、裁判に至る過程を含め、裁判所での判決が降りるまで、被告人は自らの罪が冤罪であること、あるいは軽微なものであることを証明する権利があるわけです。
アムネスティを含む海外の専門家、ジャーナリストが指摘したいのは、日本で被疑者を一方的に長期間拘束する制度がまかり通っていることが、この民主主義国家の原則に大きく逸脱しているのではということなのです。
その結果、日本では検察が起訴したケースの99.9パーセントに有罪判決がおりているという驚異的な統計が指摘されるのです。これは基本的人権が保障され、報道や言論の自由が認められている他の主要先進国と比べると5%から15%も高い数字です。
それだけ警察や検察官が緻密に捜査をしているからだという主張はあるかもしれません。しかし。逆にいえば、その緻密さと同様の時間と労力をかけて被告が自らにかけられている疑いに対して潔白を示す機会が与えられているのだろうかという疑問が投げかけられるのです。
そして、被疑者が証拠を隠滅しないために留置するのであれば、被疑者が自由を奪われている間に検察官や税務官が自らに有利な証拠を捏造しない保障はどこに与えられているのでしょうか。
このことから、CNNは日本の検察の取り調べをhostage justice、つまり人質として取り調べる司法制度と皮肉っているのです。

今回、ゴーン氏は何度も保釈を請求したものの、最終的には彼がいまだに影響力があり、証拠を隠滅する可能性があることを理由に裁判所は保釈請求を却下しています。
彼の息子によれば、ゴーン氏は勾留によって10キロ近く体重が減っていると指摘しています。

CNNはこのケースを取り上げるにあたって、2014年にビットコインのスキャンダルで、会社の資金を不正に流用した疑いで11ヶ月半勾留されたマルク・カルプレス氏にインタビューしています。
彼によれば、日本での勾留は、単なる留置ではなく、すでに刑罰を受けているに等しい環境であると述懐し、その過酷さについて厳しく指摘しています。彼は、拘置所の中の狭く劣悪な環境で、毎日長時間取り調べを受け、協力するよう迫られた模様を証言しているのです。カルプレス氏は拘留中に34.9キロも体重が減り、窓のない小さな畳の部屋に勾留され、規則を守るよう看守より厳しい指導や強制を受け、違反すると両手を後ろ側に拘束され、椅子のないフロアの上に数時間放置されたこともあったと証言します。
カルプレス氏は最終的に保釈されますが、彼の裁判はまだ継続中で、今年の3月に陪審員による評決が予定されています。その手続きの長さと、その間実質上仕事も移動もできない状況におかれることも問題だと彼は訴えます。

ここでポイントを整理します。
拘置所は、刑が確定するまで被疑者を留置する場所です。
基本的には殺人事件のような重大な犯罪などを除けば、刑が確定するまでは、被疑者は保釈されることも多く、保釈にあたっては、保釈金を預けると共に、逃亡や証拠隠滅を図らないように様々な条件が設定されます。さらに大切なことは、拘置所は犯人を処罰するところではないのです。拘置所は刑務所ではありません。従って、看守による過度の拘束や侮辱、処罰などを受ける場所ではないわけです。

もちろん、金銭上のモラルの問題において、ゴーン氏やカルプレス氏に対して様々な指摘があることは当然でしょう。ただ、そのことと、司法や刑罰の制度とを混同してはまずいことを我々は冷静に考えるべきです。

それよりもなによりも、多くのメディアは、同じ制度に固執し、変化を嫌う日本の権力の構造を象徴したものとして、今回のケースを注視しているのです。
日本が本当に自由で民主的な国家なのか。今回の事件は皮肉にもゴーン氏が有罪かどうかということ以上に、こうした原点的なテーマを問いかけるケースとなってしまったのです。

2019年1月21日月曜日

台湾を知れば、戦後の隣国の複雑な国際環境がみえてくる



【ニュース】
Over the last few years China has made a series of ambitious military reforms and acquired new technology as it aims to improve its ability to fight regional conflicts over places like Taiwan.
訳:ここ数年間中国の本格的な軍事、軍事技術改革によって台湾など周辺地域での戦闘能力が改善されている(CNNより)

【解説】
台湾に出張しました。
台湾では、出版関係の人々と様々な書籍の企画について話し合いました。
彼らが一様にいうには、台湾の人は日本への興味が強く、一般的な日本紹介の書籍はすでに出尽くしているということでした。彼らが本当に求めているのは、よりニッチで深い日本の事柄なのです。

その上で、ある編集者が私に日本人の台湾への意識の低さを嘆いていました。台湾に観光に来る人は多いものの、台湾のおかれている本当の状況を理解しようと思う日本人は極めて少ないというのです。

台北の中心部に林森・康楽公園という市民の憩いの場があります。ここには日本の鳥居が二つたっています。これは戦前に日本が台湾を統治していた時代の第7代総督明石元二郎とその秘書官を葬ったときに建立されたものといわれています。そこには、この鳥居が歴史の記念碑として保存されている旨の案内板が置かれています。案内板には日本の統治時代への批判は一切触れていません。

台湾の人々のこうした日本への意識に触れるたびに思わされることが、この国のおかれている複雑な状況です。
韓国と同様、台湾は戦前日本が植民地にしていました。その後、中国で国共内戦の結果国民党政府が台湾に逃げ込み、中華民国の本拠地となったことは、歴史を勉強したことのある人であればおわかりかと思います。

しかし、それ以上台湾のことを詳しく知る人は日本には少ないようです。
もともと台湾には現地に昔から住んでいた人々がいました。こうした人々を台湾では本省人といいます。
そもそも台湾は中国の東にある自立した島でした。大航海時代にはオランダやスペインが拠点をおいたことがありました。
清朝になって、中国本土の主権が及ぶようになったものの、実質上組織的な統治が進められたのは日本が日清戦争の後に台湾を植民地にしてからのことでした。
そして、日本が戦争に負けたあと、台湾を引き継いだ国民党が、中国本土からやってきた新たな占領軍となったのです。

国民党政権は、台湾在住の人々を統治するにあたり強権を発動しますが、国民党内部の腐敗や横暴な統治に人々は反発し、大規模な暴動もおこります。国民党が本格的に統治をはじめる直前の1947年には有名な2.28事件という暴動がおこり、国民党政府が民衆に発砲、反政府活動をした者のみならず、数万人の本省人や残留日本人が殺害されたといわれています。

多くの本省人にとって、国民党は日本に変わって台湾にはいってきた侵略者だったわけです。中国本土が共産化され、台湾が国民党政権の下に中華民国として存続したあとも、外省人と呼ばれた中国本土からやってきた国民党関係者と本省人との対立は続きます。その結果中華民国政府は政権基盤を強めるために、長期間国民党による独裁政権を維持していました。その結果多くの血が流れました。その詳細はいまだに闇の中。日本でもほとんど知られていないのです。
その後、本格的な民主化運動がはじまり、総統が選挙で選ばれたのは1996年、李登輝政権のときでした。それは、反共の砦として冷戦の中で1987年まで民主化運動を封じ込めていた韓国と極めて似た経緯であったといえましょう。

ここで知っておきたいのは、台湾が自らの独立を保とうと主張するとき、それは中華人民共和国に対して独立を維持しようというのではなく、台湾が台湾として外省人が打ち立てた中華民国から独立しようという主張であることです。
台湾では、中華民国ではなく台湾としてのアイデンティティを維持し、その上で中華人民共和国が主張する一つの中国という発想からもしっかりと距離をおき自立しようという世論が強いのです。

しかし、一方で経済大国となった中国なしには台湾経済は成り立たないといわれています。それだけに、台湾の人はやっと獲得した民主化された台湾が中国に飲み込まれることには強い警戒感があるのです。

台湾の人の多くは、日本から独立し、中華民国からも独立し、かつ中華人民共和国からも侵略されずに台湾として独立したいのです。しかし、冷戦以来中国は台湾を宿敵の国民党の統治する国家としてみてきました。そして、台湾は中国の一部であると主張します。そのために、中国への配慮から国際政治の中では、台湾を国家として承認する国はほとんどなくなりました。ここに、台湾の本省人のやりきれない思いがあるのです。

人口2300万人の台湾こと中華民国が、いかに本当の台湾となり、強大な中国(中華人民共和国)の脅威からも自立できるか。この政策をめぐり台湾では選挙のたびごとに意見が激しく対立します。

そして、沖縄のすぐ西にある台湾は、日本にとっても極めて重要な国であることも我々はもっと理解する必要があるのです。
「台湾人に、日本の植民地時代への反発がないかといえば嘘でしょう。しかし、その後の国民党に支配された台湾の悲劇がそれ以前の過去を吹き消しているのです。今、台湾は日本との協力と連帯を強く求めているのです」
ある出版関係者はそう語ります。確かに書店に行けば、日本語のコーナーも英語と同じほどの大きさで、様々な日本語学習書が並んでいます。

韓国は長年韓国人の国家でした。ですから、日本が植民地にしたことへの恨みが深いことは否めません。それと比較して台湾はそもそも日本が統治した後、中国が台湾に進出し、現地の意向をよそに国家をそこに樹立したわけです。この歴史的背景の違いが、韓国人と台湾人との対日感情の差異となっていることも、理解しておくべきなのです。