2017年11月20日月曜日

ネイチャーの警告は、日本の教育のあり方への苦言


【ニュース】
Japan’s status as a science superstar is vulnerable. Nature Index 2017 Japan reveals that although the country is still among the upper echelons of global research, its output has continued to slide.
訳:日本の科学分野での優位が危機に直面している。ネイチャーインデックス2017をみると、日本が今でも世界のリサーチレベルでの上位にあるものの、その発表量は常に減少傾向にあることがわかる。(Nature Indexより)

【解説】
このヘッドラインは科学雑誌で有名なネイチャーNatureが発行するNature Indexの日本についてのヘッドラインです。

実は日本の競争力の基盤となる科学技術やリサーチ能力の衰微が現在深刻な問題にさらされているのです。
Nature Indexは、世界での優秀な論文の発表数を詳細にまとめて公表しています。それによると、日本からの科学研究の成果の発表数がこのところ他の先進国と比較しても減少傾向にあるのです。
この原因をじっくりみるとき、我々は「教育のあり方」そのものを見つめ直す必要性に迫られていることに気付かされます。

つい先日、長崎の大学で講義をすることがありました。
講義の冒頭、学生にテーマを与えました。海外の人に日本を紹介するとき、どのように日本のことを伝えますかというのがその内容です。
すると出席した70名のうち、95%の人から日本は「安全」「清潔」「食事が美味しい」「美しい四季がある」「便利」のいずれか、そして日本人は「親切」「丁寧」であるというコメントがかえってきました。
さらに、ほとんどの人が、日本人には「おもてなし」の精神があるといっていました。

さて、この回答と、Natureでの指摘とは、どのようにリンクしているのでしょうか。
まず、彼らがどうしてこのように回答したかを考えましょう。彼らに問いかけてみると、多くの場合高校教育の過程で同じようなテーマで討議を盛り込んだ、いわゆる「アクティブ・ラーニング」を経験しているのです。
また、日本での報道からの影響も大きく、多くの外国人がそうコメントしているという理由も伺えました。

では、仮に外国から来た人が、日本をみてそのようにコメントしているからといって、それを日本人がこうしたことを海外に向けて逆に表明することがよいことなのかを考えてみましょう。きっと多くの外国人は、「え、どういうこと?」と思うはずです。多くの国の人は思います。「我々にだって美しい四季はあるよ」「それって、われわれは清潔でないってこと?」「我々はまずいものばかり食べているの?」「そうかなあ、我々は親切ではなく、雑なんだ」と思うかもしれません。

彼らのコメントには、相手の身になってものごとを考え、そのデリカシーをもって日本を紹介するという、ちょっとした意識の変換への知恵が欠如しているのです。また、海外のことを知らないままに、日本に向けて語られた報道のみを受け売りにしていることも忘れてはなりません。
さらに課題は、そうしたコメントを学校の教育現場でも支持してきたことです。テレビ等での海外の人の外交的なコメントの報道について、それを検証したり、考えたりすることを教育現場で奨励していないことにも大きな課題があります。

科学的な発想力の根源はといえば、「常識を疑う心」です。これが想像力を育み、人類の進歩をもたらします。引力の発見、地球が球体であることや太陽系の一員であることの認識など、すべてはそれ以前の常識にメスをいれることから、それらの発見がはじまりました。
日本の教育は、覚えること、暗記すること、さらに試験に合格するノウハウを磨くことという技術に特化し、先生のいうことに Why? という質問を投げかけること自体をタブーにしてきたのです。

ですから、報道されていること、教科書に書かれていることを丸のみにし、模範回答をする子供が優秀とされ、それに Why? と切り込み個性をみせる子供は異端とされてしまいがちです。親も子供に学校の方針に合わせることが無難だという教育を行います。その結果、親と教師が一緒になって子供の能力を摘み取っているケースが数知れずあるはずです。

日本を海外の人にどのように紹介するかというテーマを与えたとき、正に模範解答のようにここで紹介した内容のコメントで埋め尽くされた事実は、この Why? という能力を磨くことを怠っている教育現場が生み出した負の遺産なのです。批判する目を養う意識が欠如しながら、報道や国のいうこと、あるいは権威があるといわれる人のいうことを鵜呑みにして、判で押したような回答をする子供が増えているのです。その結果、海外の人と柔軟にコミュニケーションのできない人材が日本を埋め尽くすことになりかねません。政治上、あるいは国際関係の上では一応うまくいっているようにみえても、実際は精神的に世界から孤立した人が増え続けるのではという危惧を抱くのです。

よく、日本人は自らの国を島国で、だからこそユニークだといいます。世界に島国は数え切れないほどあり、それぞれがユニークな文化を持っているにもかかわらず、日本人は自分のことを特殊あつかいしがちです。その意識が歪んだ優越感へと退化した結果、こうした判で押したような日本礼賛のコメントがでてくるのです。

こうしてみると、ネイチャーの記事が指摘する、日本人による優秀な論文や科学的発表の機会の減少は、単に英語力だけの問題ではないことがわかります。英語力は大切ですが、英語を使いどのように人とコミュニケーションをし、 Why? という疑問をぶつけ合いながら切磋琢磨できるのかという点こそが大切なのです。これは日本の教育現場全体に投げかけられる課題なのです。

英語教育の改革の現場で、4技能の育成がとやかくいわれています。
しかし、ここに指摘した課題を踏まえずに改革を実施した場合、それは新たな「受験技術」を磨くための教育がはじまったに過ぎないことになります。
英語教育をどのように変えてゆくかを見据えることと、Natureの指摘する危惧をどのように克服するかというテーマとは同次元の深刻な課題なのです。今、日本では教育者自身の意識改革こそが問われているのです。

2017年11月14日火曜日

歴史の重みに悩む社会の世直しに強権は必要か


【ニュース】
A Philippine President had an approval rate of just 48% -- the first time his popularity has dipped below 50% during his 16 – month presidency.
訳:フィリピンの大統領の支持率は48パーセントと、就任後16ヶ月にしてはじめて50%を割り込んだ(CNNより)

【解説】
今回は、先週解説したサウジアラビアでの改革の旋風を思い出しながら、フィリピンの現状を考えてみます。
というのも、フィリピンにもサウジアラビアにも共通していることは、長年の汚職や不公正に対して、強いリーダーによる強権政治が必要かどうかの是非が問われているからです。サウジアラビアは、皇太子モハメッド・ビン・サルマンに権力が集中する中で、王家も含む伏魔殿にメスがはいろうとしています。そして、フィリピンでは、逆らう者を射殺してでも麻薬と賄賂を撲滅するとしたドュテルテ大統領が話題になって、すでに1年以上が経過しています。

「フィリピンの人の顔をみるとね、いろいろなルーツがあることがわかるんです」ルソン島の中部にある町を仕事で訪れたとき、現地の友人がそうかたってくれました。
私の前に座る5人のフィリピン人。彼らの顔をみると、確かにそれぞれ異なったルーツがあることが確認できます。ヨーロッパ系、アメリカ系、中国や日本系などなど、多様な民族の血がそこに流れているのです。

まず、フィリピンは16世紀にスペイン領になっています。ですから、今でも町や通りの名前などにその名残があるだけでなく、彼らがローカルに話す様々な言語の中にもスペイン語が混ざり込んだりしています。
そして、1898年にアメリカとスペインが戦争をしました。その戦争にアメリカが勝利した結果、アメリカはスペインからフィリピンを譲渡されます。アメリカの植民地となったことが、フィリピン人が他の地域より英語に堪能になった原因となりました。また、フィリピンが近代法を導入するときなどに、アメリカの法律が参考にされました。

そして、1941年のこと、アメリカと日本が戦争になると、フィリピンは激しい戦場になりました。スペインやアメリカ領の時代にも、現地のフィリピン人への差別や虐待は多くありました。独立運動もおき、その犠牲になったフィリピンの人も多くいました。そして残念なことに、フィリピン人に対する対応は、日本が数年間フリピンを占領したときも同様でした。日本の占領政策に不満を持った多くのフィリピン人が、アメリカが日本に反撃し、フィリピンに再上陸したときに、アメリカ側に協力しました。その結果、密林の中で、飢えや疫病で数えきれない日本兵が命を落とし、戦後になっても戦犯として裁きを受けたことはよく知られています。

戦後にフィリピンは独立しますが、貧困や政変が続き、国は荒廃します。そして多くのフィリピン人が家政婦などになって海外で働きました。
この経緯から、フィリピン人にはスペイン、アメリカ、そして日本や中国の血の混じった人が多くいるのです。
フィリピンの学校ではもちろん、こうした過去の悲劇について教えています。日本人が忘れている日本軍の占領時におきたことも教わっています。不思議と彼らはそのことを公の話題にはしません。でも、彼らに深く聞けば、歴史の授業で日本のことをどのように勉強したかがわかってきます。

そんなフィリピンが独立以来悩み続けてきた社会の混乱。特に蔓延するドラッグと賄賂を一挙に撲滅しようと、強硬策を実施したのがドュテルテ大統領でした。しかし彼の人気に今陰りがでているといわれます。裁判なしで、警察がどんどん容疑者を射殺し、刑務所に送り込んだことが、人権侵害と三権分立の原則に反すると攻撃されているのです。ある人によれば、スペインの占領政策の影響で、フィリピンには多くのカトリック信者がいることも大統領の人気の陰りの原因であるといいます。教会が大統領が麻薬撲滅政策の中で、人命を軽視した改革を断行していると批判しているからです。

長い歴史の重圧を克服し、国家を成長させることは並大抵のことではありません。フィリピンに限らず、中東やアフリカなど、近世から現代にかけて植民地として収奪された地域の多くが、その影響から抜け出し社会を発展させることができず、今でも政情不安や貧困に悩んでいることはいうまでもありません。

先週紹介したサウジアラビアのように、そうしたジレンマを解決するためには強権的な改革も必要なのかもしれません。そして、サウジアラビアでのニュースが流れたとき、真っ先に思い出したのが、ドュテルテ大統領の政策でした。サウジアラビアの場合も、女性に対する不公平など、様々な社会問題を解決するときに、つねに課題となったのが、イマームと呼ばれる宗教的な権威による抵抗でした。
フィリピンの場合、人権問題という課題を克服しながら、教会や司法との対立を乗り越えて改革を続行できるか、今大統領の手腕が問われているのです。
国が未来に向けて過去の汚泥を捨て去るとき、どこまで強権を行使できるのか。あるいはどこまで強いリーダーシップが許されるのか。
サウジアラビアとフィリピンのケースが、世界から注目されているのです。